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MUSIC INN くーぷらん原田 広子さん



プロフィール
 昭和23年、東京都板橋区で生まれる。高校卒業後、生命保険会社に入社。2年後退社し、赤坂や新宿のクラブで歌うようになる。ジャズピアニストの原田勝美氏と出会い、昭和50年に結婚。平成5年8月に佐賀へ移住し、同年11月に『くーぷらん』開店。
●MUSIC INN くーぷらん
 佐賀市呉服元町2-19  [TEL]0952-24-5701
    「家族に感謝しながら、平気で80歳くらいまで歌を歌っていたい」

     佐賀市呉服元町にある『MUSIC INN くーぷらん』。入口そばのショーウィンドウには、数枚のレコードと楽器が並ぶ。店に一歩足を踏み入れると、お客の笑い声、楽器の音、そして女性の歌声が聴こえてくる。ここで毎日歌声を披露しているのが原田広子さんだ。とびっきりの笑顔とハスキーな声で迎えてくれた広子さんは『くーぷらん』のママ。長男・孝夫さんはピアノとトランペット、長男夫人・貴子さんはバイオリン、そして時折、広子さんの夫であるマスター・勝美さんがビブラフォンを叩き、彼女の歌声に花を添える。
        *  *  *
     東京都板橋区で生まれ、子供の頃から歌うことが大好きだった広子さん。「高校3年生の時にオーディション番組で27000人のうちの4人に選ばれました。そのご褒美として初代のジャニーズとハワイに行ったことは今でも夢のようです(笑)。そんなこともあり、自分はずっと歌を歌っていきたいという気持ちが強く、せっかく入った生命保険会社も数年で退職してしまいました」
     それからは歌のレッスンを受けながら、シャンソンやポップスを気ままに歌っていた。ピアノ・ベース・ドラムのトリオを.バックに赤坂や新宿のクラブで歌を披露する中で勝美さんと運命の出会い。ジャズピアニストとして新宿では有名だった勝美さんが、広子さんのトリオに飛び入りでピアノを弾くこともあった。
    「主人と知り合って結婚して、専業主婦になりました。正直見た目はタイプではなかったです(笑)。だけど出会った頃からとってもいい人でした。『結婚』は女の打算だと思っています。私はずっと歌っていたかったから、それを理解してくれる人、音楽面・人間性も尊敬できる人でないとだめでした。主人のことは私が理解できるし、私のことは主人が理解してくれる…そんな関係が自然となり、結婚に至りました」
     そして'83年に新宿で『くーぷらん』をオープンした。その頃出会ったのがジャズ界の大御所・マーサ三宅さんだった。「ジャズのお店だったので私もジャズを歌えるようにならなくては…そう思って『マーサ三宅ヴォーカルハウス』に入門し、必死に学び、練習しました。そして、マスターのピアノに合わせて私が歌う『くーぷらんスタイル』が固まりましたね」

     ところがある時、勝美さんがリウマチを発症する。症状は決して軽いものではなかったので、療養も兼ねて、彼の生まれ故郷・佐賀へと移ることを決意した。'93年7月、『新宿くーぷらん』閉店。
        *  *  *
     佐賀に『くーぷらん』が開店して、早18年。以前は勝美さんと広子さん夫婦の『くーぷらんスタイル』だったのが、長男夫婦が入って4人のスタイルがすっかり定着した。だが、勝美さんは毎日ではなく月に2回ほどの参加。
    「現在マスターの指は両手合わせて4本しか自由がききません。ですから、このごろはピアノではなくビブラフォンで参加します。毎日お店へ出て、私の歌に合わせてピアノ伴奏してくれるのは今は長男です」
     広子さんは、'94年からジャズやシャンソンの歌の指導を行っており、現在も月に2回は変わらず行っている。
    「今63歳ですが、平気で80歳くらいまで歌を歌っていたいですね。
    『え!? 80歳の人がこんなに歌えるの!?』と言われるように頑張ります。主人をはじめ、支えてくれる家族に感謝しながら、これからも歌っていきたい。自分の歌を聴いて感動したり、楽しみにしたりしてる人に向けて歌っていきたいです」









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