logo
Gourmet event cinema music book bridal sport reader'svoice.
We discover valuable information and inform readers.
We keep cheering Saga.
 top |

大川山人会 会長 長尾 敏郎さん



プロフィール
 昭和22年、大川市生まれ。卒業後家具職人としての修行を始め、定年まで職人として大川家具を作り続けた。現在は諸富町在住。・福岡県勤労者山岳連盟副会長 ・日本勤労者山岳連盟 九州ブロック事務局長 ・福岡県勤労者山岳連盟 大川山人会 会長
    「山の魅力は様々で、ハイキングから海外登山まで、それぞれ違った楽しみ方があります。みなさんも自分の登山スタイルを見つけて、ぜひ登山の喜びを味わってください」

     山を愛し、登山を趣味や生きがいにする人々によって結成された「山人会」。福岡県勤労者山岳連盟に所属する山人会の中でも、最も古い歴史を持つのが大川市の「大川山人会」だ。この会長を40年近く務めているのが、現在諸富町在住の長尾敏郎さん。還暦を越えた今も国内外の山に挑み続ける長尾さんの人生からは、山に対する大いなる愛情と畏怖が感じられた。

     長尾さんが登山を始めたのは20歳の頃。23歳で大川山人会のメンバーに誘われ、その4年後には27歳の若さで会長となった。
    「当時の山人会は10代や20代がほとんどで、多くの若者が登山を楽しんでいました。独身の男女が一緒に山に登って、山頂でご飯を食べたりフォークダンスをしたり、ある意味山は『出会いの場』でもありましたね。会員同士の結婚も多く、かく言う私も山人会で嫁さんを見つけました(笑)」

     登山という同じ趣味を持つ仲間を得て、さらに山にのめり込んでいく長尾さん。しかし、そんな彼を待っていたのは、痛ましい事故だった。
    「英彦山でロッククライミングをしていた時、誤って20mの高さから落ちてしまいました。頭蓋骨陥没骨折で、一時は命も危ないと言われたほどです。なんとか九死に一生を得ましたが、その時の後遺症で片目は見えなくなり、『もう山はやめた方がいい』とも言われました。でもしばらくしたら、どうしてもまた仲間達と山に登りたくなるんです。職業や収入、学歴や家庭環境も違う人間でも、山に登ればみんな平等。山の仲間達とは、連帯感や友情だけでは終わらない、深い絆で結ばれています。そんな仲間達との登山はやめられませんし、みんなからは『死ぬまで会長でいてくれ』って言われています(笑)」

     大川には山がないため、大川山人会のメンバーは佐賀の山をよく登る。長尾さんも初めて登ったのは厳木の八幡岳だった。また、「天山の森林を守る会」には創立時から参加し、天山の環境保護にも力を尽くしている。県内はもちろん海外の山にも積極的に挑戦している長尾さん、これまでにも2度挑戦したヒマラヤに、今年は奥さんと一緒に登る予定だ。
    「妻も私のヒマラヤ登山の話を聞いたら無性に行きたくなったらしく、今年はトレッキングコースを一緒にのんびり回ろうと思っています。山の楽しみ方は色々で、例えばピクニック気分で気軽に楽しむこともできるし、ロッククライミングや雪山のように冒険心をかき立てる登山もあります。たとえ苦しい思いや恐い思いをしても、帰り道では『今日の山は良かったな』とか、『今度は花が咲く頃に登ろうか』とか、仲間達と次の予定を立てるくらい、山には魅力があります。延々と続くきつい坂道を登ったり、自然に親しみながらのんびりと林道を歩いたり、『楽あれば苦あり』の部分は人生と同じかもしれませんね。若い頃とは山との付き合い方は変わりましたが、これからも幅広く、自分なりに山を楽しもうと思っています」









会社概要採用情報広告掲載についてプライバシーポリシー免責事項
Copyright (C) Nishinihon Information Center. All