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講談社 国際事業局 担当部長 古賀 義章さん



プロフィール
 '64年生まれ、旧三田川町出身。佐賀西高、明治大学卒業後、'89年講談社入社。週刊現代、フライデー担当編集者として主に国内外の社会事件を担当。'98年に『普賢岳 OFF LIMITS』(平凡社)、'00年『場所−オウムが棲んだ杜』(晩聲社)を発表。'01年に渡仏し週刊誌『Paris Match』にて研修、帰国後'05年に『クーリエ・ジャポン』を創刊。今年6月より、国際事業局担当部長としてアニメやマンガをはじめとした日本文化、いわゆる「クール・ジャパン」を世界に広める事業に従事する。
    若者へのメッセージ
    「これだけ情報があふれている世の中ですが、やっぱり大切な事は自分の足を使って、自分の目で見てほしいですね。それで初めてわかることもあると思います。」


     赤黒い火口をさらした山頂、床が溶けて基礎だけが墓標のように並んだ体育館、廃屋に差す光の下で息づく緑のシダ… これは、91年に起こった雲仙普賢岳噴火災害、その被災地を撮った写真集『普賢岳 OFF LIMITS』に収められた写真だ。被災地のありのままの姿を切り取った写真から感じるのは、自然への畏怖、犠牲者への哀悼、そして、復興への小さな希望。そのどれもが、現場に足を運んだからこそ撮る事が出来た、被災地の真実の姿だった。
     「OFF LIMITS」(立入禁止)というタイトル通り、普賢岳の立ち入り禁止区域に進入して被災地の写真を撮りつづけたのは、佐賀出身の編集者・古賀義章さん。警察の拘留を受けながらも撮影を続けた古賀さんの情熱からは、「真実の姿を伝えたい」という、ジャーナリストとしての揺るぎない信念が感じられた。
    「普賢岳噴火の現場では、報道の仲間が何人も犠牲になりました。その現場を実際にこの目で見て、その光景を残したいという思いから、編集長に直談判して取材に行かせてもらったんです。火砕流や土石流の被害現場は悲惨な場面が多かったのですが、そんな中で撮れたのが、廃屋に流れ着いた植物の種子が、ひっそりと芽吹いている写真。その写真からは、当たり前に続いている自然の営みや、復興への希望を見出しました」
     古賀さんは旧三田川町の出身。大学卒業後は講談社に入社し、週刊現代、フライデーの編集者として主に社会面で活躍。何より現場を重視し、普賢岳や阪神・淡路大震災でも現地に乗り込んでの取材活動を行った。95年の地下鉄サリン事件後は解体寸前のオウム教団を取材し、信者達の真実の姿を追った。その際に撮られた写真は、写真集『場所ーオウムが棲んだ杜』に収められている。
    「オウム事件では、彼等の犯罪行為を報道するだけで、当時は『なぜあんな事件が起きたのか』というテーマを追うことができませんでした。事件後、信者達が生活していた施設は取り壊されてしまう。その前に彼等の生活を記録として残し、検証できないかと考えたんです。最初はなかなか写真を撮らせてもらえなかったんですが、何度も通うことで、信者達も次第にありのままの生活を撮らせてくれるようになりました。現場に入り込み、季節や時間の流れに沿って撮っていくことで、初めて見えてくるものもあるんです」
     古賀さんの現場主義は国内のみならず、海外でもいかんなく発揮されている。食糧危機下の北朝鮮では職と食べ物を求める人々であふれる駅の様子を、サダム・フセイン拘束時のイラクでは、自爆テロで騒然とする街の表情を写真に収めた。そしてフランスの週刊誌『Paris Match』での研修を経て、05年11月に『クーリエ・ジャポン』を創刊。編集長として世界中から届くニュースを厳選し読者に届け続けた。現在は講談社の国際事業局で、日本の漫画やアニメといった日本文化、いわゆる「クール・ジャパン」を海外に広める事業に携わっている。 「フランスで日本のコミックが売れていたり、世界中で日本の文化がクールなものとして評価されています。これには非常に大きな可能性を感じますね。今後は日本のアニメを韓国と共同制作したり、インドで日本の文化をリメイクして展開したりと、『クール・ジャパン』をさらに世界に広めていこうと思っています」









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