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日本芸術人形協会佐賀支部長 福岡 伊佐美さん



プロフィール
 大阪府吹田市に生まれ、小学校5年生の時に佐賀市に転居。人形作家として活躍し、昭和58年、佐賀県立博物館所蔵の資料などをもとに、失われていた鍋島小紋の版型を復元。鍋島小紋を纏ったひな人形作りをスタートさせ、昭和62年より玉屋ギャラリーや自宅アトリエで一般公開を開始。現在、「佐賀城下ひなまつり」にて鍋島小紋のおひなさまを公開している。
    「私にとって人形は一生の友。今後も、より魅力あるひな人形を作っていきたいと思っています」

     平成13年の開始以降、城下町・佐賀に春の訪れを告げるイベントとして、県外からも多くの観光客を集める「佐賀城下ひなまつり」。「佐賀市歴史民俗館」や「徴古館」など各会場で展示されている個性的なひな人形の中でも、メイン会場のひとつ「旧古賀家」で展示されている「鍋島小紋のおひなさま」は、独特の淡い色合いを纏った愛らしくも優美な姿が人気を呼んでいる。「鍋島小紋」とは、胡麻の殻の断面を図案化した佐賀藩の裃の紋様で、シンプルで落ち着きのある風合いが特徴。明治以降途絶えていた鍋島小紋の版型を復元し、ひな人形の衣裳として取り入れたのは、佐賀市在住の人形作家・福岡伊佐美さんだ。

     福岡さんが生まれたのは大阪府吹田市。幼少期に脊椎を痛める大怪我をしたこともあり、子供時代は家に閉じこもりだった。そんな福岡さんの大切な友人だったのが、愛らしい人形達。小学5年の時に佐賀市に転居した福岡さんは、中学時代にはフランス人形を自作するなど、次第に人形作りの魅力に目覚めていく。そんな福岡さんが鍋島小紋と出会い、失われていた版型を復元したのが昭和58年、「佐賀城下ひなまつり」が生まれる17年前だった。
    「鍋島小紋に出会った時、その素朴なデザインの中にも、佐賀藩に受け継がれてきた質実剛健さを感じました。また、一つ一つの柄も小さくて、人形の衣裳としても合うんじゃないかと思ったんです。もともとはグレーなどの落ち着いた色が多い鍋島小紋ですが、ひな人形ではピンクや緑などの明るい色を使って表現しています。色の濃淡も大事にしていて、今年のひな人形には42種類の色を使ってるんですよ。ひな人形にありがちな原色を使わず、淡い色を使って絹の持つやわらかな光沢を表現すること、それが私が作るひな人形のテーマなんです」
     鍋島小紋を復元し、佐賀ならではのひな人形を作り上げた福岡さんは、その人形たちを一般に公開することを思い立つ。そして昭和62年、佐賀玉屋ローズギャラリーにて「鍋島小紋のおひなさま」の展示会をスタート。その後は会場を自宅アトリエに移し、毎年ひな人形を無料公開した。人形が持つやわらかな色合いと優美な姿が評判を呼び、福岡さんのアトリエには回を重ねる毎に多くの観光客が訪れるようになる。そして平成13年、小さなひなまつりの評判を耳にした当時の木下市長の発案によって、「佐賀城下ひなまつり」が立ち上がった。一人の人形作家の手によって始まったひなまつりは、佐賀市の春の一大イベントとして新たな産声をあげることとなった。
    「自宅アトリエを開放していた頃と違い、今では50畳の大広間を使わせていただくことで、多くの方にひな人形を見ていただけますし、テーマやレイアウトの幅も広がりました。今後も多くの方に見ていただくことはもちろんですが、自宅アトリエを開放していた頃のような、温かくアットホームな雰囲気も忘れないようにしたいですね」

     玉屋ギャラリーでの一般公開から数えれば24年間、毎年テーマを変え、趣向を凝らした展示を続けてきた福岡さん。手塩にかけた人形たちを見つめる眼差しには、人形作家としての誇りと、深い愛情が宿っていた。
    「私にとって人形は一生の友。今後もさらに鍋島小紋を追求し、佐賀ならではの、より魅力あるひな人形を作っていきたいと思っています」









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