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株式会社 サガンドリームス 代表取締役社長 牛島 洋太郎さん
    「チームを支えてくれるサポーター、そしてスポンサーのみなさんに『応援してよかった』と思ってもらえるような、感動を与えるプレーをこれからも見せたいですね」

      「夢昇格」のスローガンのもと、今年もJ1昇格という目標を目指して戦い続けるサガン鳥栖。攻撃陣の不振などでシーズン開幕当初はなかなか勝てない時期が続いたものの、補強が成功した第2クール以降は着実に勝ち点を積み重ね、上位グループの背中が見える位置まで順位を上げてきた。躍進するチームを支えるフロントにも、今年6月に大きな変化があった。2005年より株式会社サガンドリームスの社長としてチームの運営を担っていた井川幸広社長に代わり、営業スタッフとして長年チームを支え続けてきた牛島洋太郎さんが新社長として就任したのだ。
    「サガン鳥栖が常に上位を目指し、地域のみなさんに愛されるようなクラブになるためには、やはり安定した財源の確保が必要不可欠。そのためにも、自分自身も営業スタッフとしてトップセールスを続けていくつもりです。それと同時に、今後のクラブを支える人材を育てていくことも私の大切な仕事です。サポーターの皆さんに夢や感動を与えるのはもちろんのこと、スタッフ達も夢を持って働ける会社にしたいですね」
      牛島社長は昭和11年、佐賀市に生まれる。大学卒業後は佐賀に戻って観光会社を設立し、1967年には福岡ヤクルト販売に転職。2000年に退職した後はボランティア活動などに従事する日々を送っていたが、高校時代のサッカー部の先輩でもあったサガン鳥栖の中村安昭氏社長からの熱心な誘いを受け、2002年に株式会社サガン鳥栖に入社。これまでの経験を生かし、営業スタッフとしてスポンサーの獲得に奔走した。
    「中村さんから『サガン鳥栖は人はいないしお金もない、厳しい状態だけど、チームのために力を貸してくれ』と請われて入社しましたが、当時は毎年秋になるとクラブの存続自体が危なくなるという状況でした。試合の入場者も少なく、たいへん苦しい時代でしたね。入場料収入が見込めない分、スポンサー料で利益をあげるしかないのですが、いかんせん当時のサガン鳥栖は商品力が弱く、話さえ聞いてもらえない事も多かった。それでも、佐賀県で生まれたプロサッカーチームと、この素晴らしいスタジアムを無くすわけにはいかない、そう強く思っていました」
      牛島社長が入社した翌年の2003年末、川崎フロンターレをJ1へ昇格させるなど輝かしい実績を持つ松本育夫氏(現GM)が監督としてチームに招聘される。松本監督によって徐々に「戦える集団」へと生まれ変わっていくサガン鳥栖。そして2005年、佐賀出身の井川幸広氏が社長を務める「株式会社サガンドリームス」に経営が譲渡され、脆弱だった経営基盤が強化されると、チームは飛躍的に順位を上げていった。毎年のように存続の危機が叫ばれていたクラブは、J1昇格と言う目標とともに、地域に愛されるクラブへと生まれ変わった。
    「サガンドリームスに経営が変わる前と後では、県民のみなさんのクラブに対する意識は間違いなく変わりました。みなさんがクラブに期待をしていただくということは、逆に言えば我々はみなさんの期待に応える責任が生じます。チームを支えてくれるサポーター、そしてスポンサーのみなさんに『応援してよかった』と思ってもらえるような、感動を与えるプレーをこれからも見せ続けないといけない。そのためにも、私達スタッフが練習場の確保や寮・宿舎などの環境面を充実させて、裏方としてしっかりと選手達を支えていこうと思っています」









プロフィール
 昭和11年、佐賀市生まれ。佐賀県立佐賀高等学校卒業後、東京経済大学経済学部に進学。卒業後は佐賀M・S観光を経て福岡ヤクルト販売株式会社に入社。同社を退社後、(株)サガン鳥栖に入社し、これまでの経歴を生かして営業スタッフとして活躍。運営の母体が(株)サガンドリームスに変わった後も営業としてスポンサーの確保に尽力し、今年6月、井川幸広前社長の後を継ぎ新社長に就任する。
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