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No.189


Profile

  1981年、中国吉林省生まれ。吉林工程師範大学に1年在籍した後19歳で日本に留学、1年間福岡の日本語学校に通う。その後佐賀大学に入学し、経済学部大学院に進学。勉学に励むかたわら、佐賀県中国留学生学友会副会長として中国人留学生日本人との交流の架け橋としても活躍中。



佐賀大学経済学研究科 金融政策専攻
佐賀県中国留学生学生学友会 副会長
 韓 冬梅 さん  - Han Dong Mei -
「日本文化の素晴らしさや日本人の礼儀正さ、そして優しさ。それを一人でも多くの中国の人々に伝え、日中友好の架け橋になりたいですね」

 オリンピックイヤーの2008年、北京オリンピックが行われる中国には世界中のあらゆる国や地域の人々が集まり、祭典の熱気を盛り上げる。日本からも多くの人々がかの地を訪れ、日中両国の人的・経済的交流はより盛んになるだろう。古代より歴史的・文化的に深い関わりと持つ日本と中国の間では、現在も多くの学生が海を渡り、それぞれの経済や文化を学んでいる。佐賀大学の大学院に学び、佐賀県中国留学生学友会副会長を務める韓冬梅さんもその一人だ。
 韓さんは1981年、中国の吉林省に生まれた。日本のアニメやドラマを通じて、幼い頃から日本に強い憧れを抱いていたという。
「中国では、私達くらいの世代はみんな子供の頃から日本のアニメを観て育ちました。特に『ドラえもん』(中国では『機械猫』)がとても人気で、ほとんどの子ども達が放送を楽しみにしていたんですよ。小学校高学年の頃にはドラマ『おしん』が大人気でした。みんなアニメやドラマを通して、日本の文化に憧れを抱いていたんです。また、中国では松下電器の製品が人気で、その品質の高さから『日本は文化だけでなく、科学技術も発展しているんだな』と感動したのを覚えています。いつか日本に行ってみたい、それが私の子供の頃からの夢でした。」
 中学時代から日本語を習い始めた韓さんは高校卒業後、中国の吉林工程師範大学に1年間在学し、19歳で日本に留学。福岡の日本語学校に通った後、佐賀大学へ入学した。学部時代は法務管理を専攻し、大学院の経済学研究科に進んだ現在は銀行や証券会社など、日本の金融機関システムを学んでいる。そのかたわら、佐賀県中国留学生学友会副会長として、イベントやパーティなどを通じ、中国人留学生と日本人との交流の場を提供している。子供の頃からの夢を叶え、日本での生活を送っている韓さん。彼女の目に、憧れだった日本はどう映っているのか。
「私の日本人に対するイメージは『真面目で一生懸命』。勉強や仕事に対する真剣な姿勢には関心します。また日本人の礼儀正しさにも驚きました。一昨年の『佐賀城下ひなまつり』の際に母を中国から佐賀に招いたとき、こんなことがありました。イベント会場にたくさんの靴が脱いで置いてあったのですが、その靴がどれもきれいに並べられていたんです。多くの人たちが綺麗に靴を並べておくなんて、中国ではあまり考えられません。母はその様子を見て『日本人はなんて礼儀正しいのだろう』と感激していました。これも私たち中国人がぜひ見習うべきことだと思います」
 19歳で来日して6年間日本経済を学び、多くの日本人や中国人留学生と交流してきた韓さん。彼女はこれからの中国と日本、そして自分の将来にどのようなビジョンを描いているのだろうか。
「国営の四大銀行の下で中国の経済は現在急速に発展していますが、民間の銀行はまだまだリスク対応などの分野で遅れています。日本の金融機関が歩み発展してきた道を、これからの中国も歩いていくはず。金融のグローバル化が進む中で、日本と中国の経済面での交流もより活発になるでしょう。大学卒業後は今まで勉強してきたことを活かして、日中経済のつなぎ役として微力ながら自分の力を役立てたいと思っています。
 また、私は日本にきてからの6年間、みなさんの助けを借りながら楽しく過ごすことができました。私が日本で体験した日本文化の素晴らしさや日本人の礼儀正さ、優しさ。それらを少しでも多くの中国の人々に伝え、日中友好の架け橋になりたいですね」

※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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