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No.186


Profile

  昭和29年、神埼町生まれ。中学から剣道を始め、佐賀商業高校卒業後は大阪の運送会社で実業団剣道部に入部。21歳で佐賀に戻り結婚、33歳の頃から諸富町の黒田道場で子供達に剣道を教え始める。現在も週に3回、小学生を対象とした道場で子供達を指導している。佐賀の女性としては初めて剣道七段の段位を取得。


若者たちへの
メッセージ

「私が剣道を始めた頃は、まだまだ剣道は男性が中心の世界で、『女性が剣道なんて・・・』という偏見もあったんです。でも、自分が好きなことだから、他人からどう思われようと関係ないと思っていました。『好きこそものの上手なれ』という言葉もあるように、みなさんも好きなことがあったら、まわりの目は気にせずに挑戦してください」


黒田道場
 黒田 清子 さん  - Kiyoko Kuroda -
「年長の子供が、年下の子供に礼儀や整理整頓を教える。子供達の成長を実感出来たときが、一番嬉しいですね」

 しんと静まりかえった体育館に、竹刀を打つ音と少年剣士たちの元気の良いかけ声が響く。子供達を見守り、時に厳しく、時に温かく指導にあたるのは、黒田道場の黒田清子さん。黒田さんは佐賀出身の女性としては初めて剣道の七段を取得した女傑。現役の女性剣士が持つ最高位に至った今も日々の研鑽を忘れず、同時に日本の将来を担う子供達に剣の道を指南し続けている。
 黒田さんは昭和29年、神埼町生まれ。地元の小学校を出た後は神埼中学校に進学し、剣道を始めたのもこの頃から。剣の道を志したきっかけをたずねると、少し意外な答えが返ってきた。
「私が剣道を始めたのは、実は『赤胴鈴之助』がきっかけなんです。小学生の頃ラジオで流れていたドラマを聞いて『かっこいいなあ』って思って、私もいつか剣道を始めたい、と思いました。中学で念願の剣道部に入ったのですが、当時は女子剣道部もなく、女子も男子に混じって練習していたんです。そんな中でもなんとか女子の部員を募って活動していたのですが、最初は10人くらいいた女子も昇段試験に失敗したことをきっかけに半分くらい辞めてしまって・・・中学時代は対外試合もできず、高校の剣道部でようやく本格的な試合が組めるようになりました」
 神埼中学校を卒業後、佐賀商業高校に進学すると、黒田さんはさらに剣道にのめり込んでいった。高校卒業後の進路に選んだのは、実業団剣道部を擁する大阪の運送会社だった。事務員として仕事に励む傍ら、勤務後は剣道で汗を流すという充実した日々。しかし、母親の体調が悪化したことをきっかけに21歳で故郷の佐賀へ戻ることになり、その後諸富町の黒田道場へと嫁ぐ。として、33歳の頃から道場で子供達に剣道を教え始める。
 「もうこの道場で20年近く子供達に剣道を教えていますが、昔に比べると、今の子供達は素直さが足りないかもしれませんね。優しくしすぎても子供達は言うことを聞いてくれないので、練習中は男性になったつもりで厳しく接しています。竹刀は凶器にもなりますから、竹刀を遊び半分で使うような子供がいればきつく叱ることもあります。武道は礼に始まり、礼に終わるもの。子供達には人に対する礼儀はもちろん、整理整頓など、身の回りのことをしっかりできるようになってほしいと思っています」
 これまで20年間、剣道を通して子供達の成長を見守ってきた黒田さん。練習を見守る彼女の目には、厳しさの中にも子供達に対する愛情が満ちていた。
「試合に勝つというのはもちろんですけど、小学生のうちは基本をしっかりと覚えてほしい。今のうちに基本を覚えておけば、大きくなったときに大きく成長できると思うんです。また、昇段審査の際も、基本の姿勢や打ち方ができていないと合格はできません。武道は結果だけが全てでなく、そこに至る過程も大事なんです。試合で好成績を残せた時はもちろんですけど、子供達に剣道を教えていて嬉しいのは、年長の生徒達が下の生徒達に礼儀や整理整頓についてきちんと教えてくれている時。自分が教えたことをきちんと理解して、それを年下の生徒達に伝えてくれているのを見た時、子供達の成長を実感できるんです。これからも剣道を通して、子供達に色々なことを教えていきたいですね」

※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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