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No.176


Profile

昭和55年・佐賀市に生まれる。佐賀県立致遠館高校卒業後、東京学芸大学に入学、ハワイへの留学経験も持つ。大学卒業後は東京で芸能活動を始め、雑誌の連載、グラビアなどで活躍。現在、NHK総合「土曜スタジオパーク」、TBS系「カラダのキモチ」、東海テレビ「武藤敬司のスポーツ大百科」などにレギュラー出演中。


若者たちへの
メッセージ

 私は一昨年から本格的にグラビアの仕事を始めたんですけど、25歳でグラビアを始めるというのは、芸能界では遅い方なんですよ。でも、私自身グラビアの仕事で手応えを感じてるし、ほしのあきさんのように20代後半で活躍している方もいらっしゃいます。何か新しいことを始める時に、遅すぎるということはないと思います。早熟な人もいれば遅咲きの人もいるから、年齢で諦めずに、夢に向かって努力してほしいですね。


 タレント
 優木まおみ さん  - Maomi Yuuki -
「司会にバラエティ、グラビア・・・ これからも色々なお仕事にチャレンジしていきたいです」

 落ち着いた光を宿した知的な瞳、輝くような笑顔がまぶしい佐賀出身のタレント・優木まおみさん。そのフォトジェニックな魅力に加え、東京学芸大卒業という知性を生かし、雑誌の連載やグラビア、TV番組の司会など、様々な分野で幅広く活躍している。
  芸能界という華やかな舞台で活躍する優木さんだが、意外にも子どもの頃はあまり目立たない少女だったという。
「子どもの頃は、早生まれだったこともあって体も小さくて、かけっこなんかもずっとビリだったんですよ。小学校中学年くらいまではあまり目立たない生徒だったと思います。小学4年の時にバスケ部に入ったんですが、そこがすごく厳しくて、毎日走り込んだりしてかなりしごかれて… その頃から体も大きくなって、運動好きの男勝りな女の子になっていきました。中学生くらいの頃から『アナウンサーになりたい』って思い始めて、それからは積極的に自分を出すようになったんです。高校時代には生徒会長も経験して、『ミス致遠館』にも3年連続で選ばれました。ずっと『2位』だったんですけどね(笑)」。
  致遠館高校を卒業した優木さんは東京学芸大学に進学。小学校教員課程に進み、ハワイへの語学留学も経験する。大学卒業後も「TVの世界で活躍したい」という夢を叶えるべく、タレント事務所に所属して東京で芸能活動を始めた。
「大学卒業後、今所属している事務所から『フリーのアナウンサーとして仕事をしないか』というオファーをもらって、東京でお仕事していくことに決めたんです。最初のお仕事が伊東四郎さんと共演させていただいた『白子のり』のCMだったんですけど、TVCMって1本15秒と短いし、最初はあまり大変だとは思ってなかったんです。でも実際に撮影が始まると、セットの立派さやカメラワークの複雑さ、伊東四郎さんの『プロのお芝居』の迫力に圧倒されちゃって… お芝居の面白さを感じることで、アナウンサーという仕事だけでなく、色々なお仕事をしたいと思うようになったんです」。
  そして2004年の夏、優木さんはTBS系のTV番組「世界ウルルン滞在記」に出演、「虫を食べる村」で生活するという過酷な経験をする。異境で過ごした一週間は、優木さんの人生観・仕事観に大きな影響を与えた。
「ウルルンのロケは本当に『ガチンコ』でした。突然、『○○というおじいさんを探しなさい』と言われ、村の入り口で放り出されてしまったんです。あとはカメラマンさんと音声さんがついてきてくれるだけで、通訳もなしに村での生活が始まって… TVのロケというより、村にホームステイしているような状態でしたね。モノにあふれた日本と違って何もない村での生活でしたが、村での生活を通して『生きる』ということを強く感じました。物質的に豊かではなくても、村のみなさんはコミュニケーションをすごく大切にして生活しているし、心はとっても豊かなんです。日本の恵まれた環境で日々小さなことにこだわって生きている自分が、すごくちっぽけな存在に思えました。そういう体験って、芸能界でお仕事をしていない限りなかなかできませんよね? 私自身、TVの仕事を通してこんな体験ができて、すごく良かったと思っています」。
  雑誌のグラビアやTV番組の司会など、さらに活躍の場を広げている優木さん。彼女にこれからの目標を聞いてみた。
「例えば麻木久仁子さんみたいに、フリーでアナウンサーをしながら堅い番組で司会をしたり、バラエティでも臨機応変にコメントができる、そんな人になりたいと思っています。でも、去年グラビアの仕事を始めた時は『これを極めるしかない!』と思いましたし、バラエティ番組に出演した時は『バラエティで生きていく!』と思ったり、やっぱり司会のお仕事にも難しさや面白さを感じるし… お仕事の度に『やりたいこと』が変わっていくんですよ。それで『何をやってるかわからない人』って言われることも多いんですけど、『この仕事しかしない』と頭を堅くするのではなく、これからも色々なお仕事にチャレンジしていきたいと思っています」。

※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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