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No.173


Profile

昭和34年・佐賀市生まれ。昭和58年、松下政経塾に入塾、昭和62年には佐賀県議会議員に無所属で立候補、27歳で初当選を果たす。平成8年、佐賀県第1区より新進党公認で出馬し衆議院初当選。衆議院議員としてこれまで、予算委員会理事、商工委員会委員、財務金融委員会筆頭理事などを歴任。所属する民主党内では「次の内閣」総合政策企画会議担当大臣、総務局長などを務める。


若者たちへの
メッセージ

『自分の可能性』を信じてください。善きもの、美しいもの、真実、大きな志。そんな『本物』にふれることで、それぞれの可能性が花開きます。どんなに辛い環境にも必ず存在する『光』、自分の中に眠っている大きな『愛』…それに気付いて、自分の可能性を大きく広げてください」


 衆議院議員
 原口 一博 さん  - Kazuhiro Haraguchi -
伝統の重みを持ち、進取の気性にも富む佐賀。その潜在力を生かし、一緒に飛躍したいですね

 爽やかな笑顔と親しみやすいキャラクター、そして切れ味鋭い弁舌で、バラエティから討論番組までひっぱりだこの民主党衆議院議員・原口一博さん。東京と佐賀を行き来しつつ、食事をとる時間もままならないほどの精力的な議員活動を続けている。実際にお会いしてみると、その温厚な受け答えと飾らない人柄に、自然と親しみの感情を憶えた。
  原口さんは昭和34年、佐賀市に生まれる。地元の高木瀬小学校、城南中学校、佐賀西高等学校を卒業後、東京大学では心理学を専攻した。
「私の生まれた所は周りが全部田畑で、少年時代は豊かな自然と温かい人情に育まれて大きくなりました。子供の頃はソフトボールにサッカー、バスケと、本当にスポーツばっかりやってましたね。それから詩も好きで、ずっと書いてました」。
  スポーツ全般に汗を流す逞しさと、詩を愛する豊かな感受性を併せ持っていた子供時代。そんな原口さんが代議士を志したのはいつ頃だったのだろうか。
「高校時代に生徒会長をやったことがあって、その頃には『将来は政治家になる!』と言っていたみたいですね。本格的に政治の道を志したのは、大学3年の頃です。大学では心理学を専攻していたんですが、そこに子供をいじめから守る活動をしている友人たちがいました。その活動を通じて子供達に触れたとき、子供たちの心まで『悪いことをしても捕まらなければいい』といった『政治の矛盾』みたいなものに浸食されているのに気付いたんです。『これはやはり、根本の政治自体を変えないといけない』と改めて気付かされました。それと、もうひとつは故・松下幸之助さんとの出会いです。23歳の時に松下政経塾の門を敲き、5年間そこで学んだのですが、その時松下さんから『今のままでは日本がつぶれてしまう。政治を変えることによって日本を立て直そうじゃないか』という言葉をいただきました。その時の言葉も、政治家を志す大きなきっかけでしたね」。
  松下政経塾で学びながら「政治家になって日本を変える」という大きな理想を抱き続けた原口さんは、27歳という若さで県会議員として立候補、見事に初当選を果たす。県議会議員として「吉野ヶ里遺跡の保存」「教育改革」「子供を取り巻く環境の整備」といった諸問題に精力的に取り組んだ。その当時から民主党所属の衆議院議員として活躍する現在にいたるまで、原口さんが一貫して主張し続けてきたのは「教育の大切さ」だった。
「今世の中に起こっている陰惨な事件や様々な歪みは、教育を変えることによって半分は解決します。しかし、現在の公教育の現状を見てみると、教師は仕事に追い立てられ、子供達は十分な教育を受けることができないでいる。一番大事なのは、『誰が教育に責任を持つか』。中央政府に文科省、それから地域の教育委員会、どこに責任があるかわからない。その責任の所在を決めて、教育に投下する資源を最低でも今の3倍に増やすことが必要です。そして、もう一つ大切なのが『子供たちを本物にふれさせる』ということ。美しい芸術や一流のスポーツ選手といった、自分たちの未来の可能性を開いてくれるような、大きな志を持った存在。そういった特別な存在でなくとも、日々一生懸命お米を作っている人々、また自分たちの国の歴史の真実といった、日々の継続の中に存在する美しさ。そんな『本物』にふれさせることによって、子供たちはより大きく、素直に伸びていくと思います」。
  次代の日本を担う子供たちを育む教育の現場、その改革に並々ならぬ情熱を注ぐ原口さん。ふるさと・佐賀の話題に言及した際にも、その弁舌はひときわ熱を帯びた。
「現在の佐賀は一言で言うと、潜在力を生かし切っていないと思います。かつての佐賀藩は進取の気性に富み、外から来る人達を受け入れて、新たにクリエイティブなものを作り出していました。佐賀県民がもともと持っている先進性や創造力を教育によって取り戻せば、佐賀は爆発的に伸びると思います。先人達が築き上げた伝統の重みをもとに、佐賀のみなさんと一緒に飛躍したいですね」。

※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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