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No.165


Profile

昭和35年、長崎県宇久島生まれ。横浜で育つ。日本大学芸術学部卒業。卒業後、デザイン関係の仕事をしていたが、20年前、陶磁器販売関係の仕事をする父親の勧めで、陶芸を始めるために有田に移り住んだ。石橋陶芸株式会社を設立し、原明窯を営む。2005年 第10回新風舎えほんコンテストで出品作が大賞に。その1年後、初出版を果たす。


若者たちへの
メッセージ

継続は力なり
好きなことならどんなにきつくても続けられると思います。長い人生の中で、一休みしてもいいから諦めずに続けることだと思います。


原明窯 代表

石橋 弘泰 さん

絵を描くことも作陶も好きなことだから続けてこれた。
これからも、色々な作品をつくっていきたいです。

 焼き物の町有田。焼き物が目当てでなければ、佐世保へ向かう単なる通過点にすぎないほどの小さな町だが、焼き物ファンにとっては、これほど魅力のある町はない。その焼き物を追究するためにこの町に移り住み、骨を埋める人もいる。その一人、石橋弘泰さんは、西有田で窯業を営むかたわら、昔から続けているあることが実を結んだ。その“あること”とは、絵本の創作。彼が創作した絵本『かとおもったら』が、昨年絵本コンテストで大賞をとり、その本が年末に発刊された。「生まれは長崎県の宇久島というところです。幼い頃は横浜で育ちました」。

 父親は陶磁器の販売業を営んでいたが、石橋さん本人は後を継ぐという意識はほとんどなく、好きな道を歩んでいた。「元々絵を描いたりデザインをしたりするのが好きで、日大芸術学部に進み、卒業してからはデザイン関係の仕事をしていました」。

 ところが、今から20年前、石橋さんが25歳の頃、転機が訪れた。「父親から『販売だけでなく、製造部門も作るから、陶芸をやってみないか?』と言われまして…。佐賀には親戚もいるので、全く佐賀に縁がない人と比べたら身近な存在ではありましたが、まさか住むとは思っていませんでした」。

 迷った末に佐賀行きを決意、単身移り住み、石橋陶芸鰍設立することとなる。

 デザインの勉強は下地があっても、製陶は全く未知の世界。最初は、経験者を招き、製陶を学びながら、絵付けから入ったという。「やはり、デザインと絵付けは共通性がありますから。やりながら製陶も覚えていきました」。

 17年前に富美子さんと結婚。未経験者の奥さんも焼き物づくりを始めて、夫婦二人でコツコツと温かみのある作品を送り出している。田園風景が広がる絵付け室で二人並んで活動するのが現在のスタイル。囲炉裏を備えたギャラリーには、コーヒーカップや皿、ヒットしたというミニ火鉢、人形などがセンス良く並べられている。この場所にいるとほっとした気分になる。大量生産には表現できない手作りの温かさ。まさにその雰囲気こそ、設立当初の方針から、20年の月日を通して本当に石橋さんが求めてきたスタイルなのかもしれない。

 作陶をしながらも続けてきたもう一つの創作、元来好きなイラストやデザイン。何か公募があったら作品を応募していたという。昨年受賞したコンテストもその一つだった。「普段の応募の時と同じで、別に意識していませんでした。だけど、一次審査に通過したと聞いた時に、『もしかしたら』という予感めいたものがありました」。

 かくして、出品作『かとおもったら』は第10回新風舎えほんコンテストで大賞を受賞した。「うれしかったですね。作品を理解してもらったんだと実感しました」

 得意のイラストに対応させた文字がまた重要な役割を果たす。ぱっと見たときは車のタイヤ。「くるまかとおもったら」、次のページを開くと、実は「だるまでした」という発想は大人でも思わず読んでニンマリ。「アイデアは日常の中から生まれてきます。今、構想をしているのもあるので、創作はこれからも製陶と同様続けていきたいですね」。

※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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