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No.157


Profile

1969年中原町(現みやき町)生まれ。大学卒業と同時にFM佐賀に入社。その後97年にフリーのDJになる。現在FM佐賀『Gat's Moning』、サガン鳥栖ホームゲームのスタジアムDJをはじめ、福岡、長崎、熊本のラジオ局で活躍中。


若者たちへの
メッセージ

どこかで見ている人はいるはずです。一生懸命やってたら手をさしのべてくれる人は絶対いると思います。月並みだけど諦めないで走りましょう。


DJ

YUYA さん

J1に昇格したサガン鳥栖の
スタジアムDJをやりたいですね
今年は観客も多いし
気持ちいいですよ

「月曜の朝と火曜の朝じゃみんな気持ちが違うと思うんですよね。月曜の朝ってブルーマンデーでしょ。だからなんかネガティブになってる人をポジティブに変えたいですよね。だからその時の空気感みたいなものを大切にして話そうと思いますね」

 月曜〜水曜、FM佐賀の人気番組『Gat's Morning』で、リスナーの憂鬱な朝の時間帯に優しく渋い声で元気を注入してくれるYUYAさん。サッカーJ2のサガン鳥栖ホームゲームで選手、サポーターの志気を高める気合いの入ったスタジアムDJとしてもお馴染み。福岡、長崎、熊本でもラジオのレギュラー番組を持つ人気者だ。

 YUYAさんがDJという仕事を意識したのは中学時代。ミュージシャンの佐野元春にはまり、彼がDJをするラジオ番組を聞いて音楽にのめりこんでいったという。

「ちょうどその頃進路とかの話も出てくる時期で、自分には音楽をやる才能はないと思ったんですよ。それでも音楽の仕事がしたいからDJになろうと思いましたね。三者面談でDJになりますって言ってました(笑)」

 大学に進学したYUYAさんは、バイトでミニFM局やイベントDJなどをこなす。そして就職活動の最中、地元佐賀にFM局が開局するという情報を入手。早速試験を受け見事に合格し、夢への第一歩を踏み出す事に。

「でも最初は、理想と現実の違いに悩みましたよ。よく考えたら就職したばかりの若造にはしゃべらせてくれないよなあと。そんな中いろんな雑務とかやりつつ、少しずつ喋らせてもらって、楽しくなっていったんです」

 そしてYUYAさんの人生を変える大きな出来事が起こる。サッカーJFL(後のJ2リーグ)のPJMフューチャーズ(後の鳥栖フューチャーズ)が鳥栖市をホームタウンにする事になり、チーム取材をすることになったのだ。

「取材を通してサッカーの面白さが分かってきて、スタッフの方とも仲良くなった頃、クラブ側から『(DJを)やってみらんね?』と言われ、PJMフュチャーズとしての最終戦で初めてスタジアムDJをやったんです。これが評判が良くてそのまま続ける事になって、多方面の方から評価してもらえるようになったんです。かなり自信になりましたねえ。この仕事やったから今があると言ってもいいくらいですから」

 その後96年のシーズン後に鳥栖フューチャーズは解散し、97年にはサガン鳥栖が誕生。この年YUYAさんもまた新たな一歩を踏み出した。

「サッカー選手って、本当に瞬間瞬間を生きてるんですよね。1年契約で先は見えないけど、その瞬間を輝いて生きていて、そういう人間って熱いよなあって。チャンスがあればサッカー選手は移籍もするし。そんな波に乗っかるのも人生じゃないかと思ったんですよね。で、フューチャーズ解散を迎えた頃、僕の中にある気持ちも沸騰点に達した感じがありまして、『(フリーDJとして)挑戦しよう!』と思ったんです。そして福岡のクロスFMにデモテープ送ったら拾ってくれたんです。そこからは営業でどんどんテープ送って、自分を売り込んでいきました」

 それからは活躍の場が佐賀から福岡、熊本などに広がっていき、現在では1ヶ月まるまる休みが取れない事もあるという。

「僕はすっごく恵まれてると思うんですよねえ。みなさんにありがとうございますと。だからきついとか言ってられないですよ。ほんと感謝だし、こんな楽しい仕事ないなと思いますよ」

 そんなYUYAさんに今後の夢を聞くと…。

「余談ですけど俺らの世界ってあまり未来を語らないんです。まず目指すのは次の番組改編を乗り切ること(笑)。でも願わくばずっとDJやってたいですね。40代になっても吠えていたい。それを聞いた40代が「俺も頑張ろう」と思ってくれるような存在になりたいですね。近い将来で言えばJ1に昇格したサガン鳥栖のスタジアムDJをやりたい。今年はね、観客も多いし、空気感もいいしリアクションも気持ちいいですからね。あとやっぱり、これはずっと心に置いている事なんですけど、この仕事は信用が一番。信用されているから仕事をもらっていると思うから、僕はそれに応えて信頼される存在になりたいですね。もちろん佐賀の街を元気にしていきたいし、例えばライブイベントだったり、地元のミュージシャンを応援していきたいですね。そういう立場でやらなくちゃいけないんだなっていう実感もあります。あと最近はあんまり飾らなくていいのかなって思いますね。佐賀エリアのリスナーと電話で会話する時は佐賀弁も使うしね。36才という年相応の自分を出したい。でも老け込まないぞ(笑)」



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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