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No.140


Profile

昭和22年9月、伊万里市生まれ。伊万里高校卒業後、19歳の時から3〜5頭の農耕用牛の飼育を始める。数年後、農耕用牛から肉牛の飼育へと移行し、徐々に規模を拡大。昭和62年、葛刻氓設立。翌年、ステーキレストラン「勝」をオープン。現在、1000頭の牛を肥育、直売所・レストラン等を5店舗構える。


佐賀の若者たちへの
メッセージ

「付加価値のつく“本物”を作るためには、1つ1つ努力を積み重ね、手間暇をかけなければならない。それを、私は牛肉で確立させたい。お客が食した時に『やっぱりこれだよね〜』と言ってくれる“安心で本物”の牛肉を残していきたいと思っています。」


(株)牛勝・松尾畜産 代表取締役

松尾 勝馬 さん

人間が一人ひとり違うように、
牛も一頭ずつ個性がある。
上質の肉を育てるのに大切なのは、
子牛の時の見極めと、
愛情をもって育てることなんです。

 今や、全国的に名の通るブランド牛となった佐賀牛。その佐賀牛発祥の地である伊万里で、三十数年前から牛の飼育、肥育に力を注いでいる人物がいる。松尾畜産代表取締役、松尾勝馬さん。伊万里市黒川にある牛舎には、1000頭の黒毛和牛を有し、県内外に5店舗の直営レストラン・直売所を構えている、県内トップクラスの伊万里牛肥育農家だ。

 松尾さんが畜産業を始めたのは19歳の時。農耕用の牛5頭からのスタートだった。

 「父が、牛飼い農家の(今で言う)仲介業をしていたこともあり、牛には小さい頃から慣れ親しんでいました。私が職業として畜産業を選んだのも当時の影響が大きかったと思います。でも、数年のうちに機械化が進み、牛がやっていた農作業は全てトラクターでまかなえるようになった。つまり、農耕牛の需要が減っていったんです」。

 時代の変化に合わせて、農耕牛から肉牛の肥育へと移行したのが25歳の時。これまでの飼育と全く異なる育て方に戸惑いながらも、各地に研修へ出向き、試行錯誤を繰り返す中で、独自の肥育技術を生み出してきたと言う。

 技術の向上、需要の拡大に合わせて徐々に牛の数も増やしてきた松尾畜産の転換期になったのが、昭和62年に立ち上げた株式会社『牛勝』の誕生だった。

 「当時の肥育頭数は500頭くらい。その全てが黒毛和牛で、伊万里牛として出荷をしていました。ただ、そのほとんどが関西地方をはじめ全国に出されていて、地元で消費することがほとんどなかったんです。でも、『地元で育った牛なんだから、やはり地元の人たちにも食べてもらいたい』。そういった思いから、直営のレストランを手がけることにしたんです。イチかバチかの勝負でした。直営故に価格は下げられるけれども、伊万里牛だけの店なんて当時はありませんでしたから、果たしてどこまで受け入れられるんだろうかって。接客業の心得もありませんでしたしね」。

 だが、翌年に出した一号店、ステーキレストラン『勝』は、そんな松尾さんの思いを良い意味で裏切った。店は連日大盛況。心配していたサービス面では、奥さんの千代子さんが店長となり、その責務を見事に果たしてくれた。

 その後、佐賀・佐世保と次々に焼肉館をオープン。牛の肥育も1000頭を超えるまでに拡大した。時期を同じくして、松尾さんの肥育家としての評価も高く認められた。佐賀牛枝肉共励会最優秀一席、全農牛枝肉共進会金賞、福岡食肉市場共励会銀賞等、数々の賞を受賞、各地から肥育農家が研修に訪れるようになったと言う。

 「いい牛に育て上げるために欠かせないのは、素質。子牛の時、データや姿形から、血統や品格に優れ、行き届いた世話を受けている子牛を選ぶんです。そしてその牛をいかに快適な環境で20ヶ月間育てていくか。もちろん、牛も人間と同じで個性がありますから、全ていい肉牛になるとは限りませんけどね」。

 現在も、もと牛のセリには毎回、自らが足を運んで選んでいるという松尾さん。「忙しくても、好きな仕事だからストレスはたまらないんです。うちの牛同様にね」と自信に満ちた笑顔を見せる。



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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