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No.106


Profile

昭和27年3月、佐賀市出身。佐賀商業高校を卒業後、佐賀、金沢の理容学校へ。理容師、美容師の資格をとり、務めていたが20代の終わりに船舶工事や海底工事を請け負うダイバーの職へ。その後、船長などを経て、数年前、魚のはく製の勉強を始める。昨年、『感動工房 フィッシュ・アート魚紳』を設立。


二十代の
若者たちへ

「少年老い易く学成り難し」。学というのは、私にとっては人生と置き換える方がふさわしいですが、気持ちは今でも若者のつもりでも、鏡を眺めたりする時など、時々ふっと「時が経つのは早いなあ」と感じる事があります。今の自分でいいのかと自問自答したり。そして答えが見つからず孤独感が忍び寄る。そんな時、助けてくれるのが友だちとの何気ない会話なんですね。だから、私は人との出会いはすごく大切だと思う。自分を分かってくれる友人や先輩がいることが、随分心強い味方になるんですよ。それから、仕事は好きな仕事をすること、好きになること。目的や目標は人それぞれあると思うけど、焦らず、楽しく笑いながら歩いていければ最高だね。」


フィッシュアート魚紳

横尾 魚紳 さん

はく製のリアルさは感動ものです

 佐賀市蓮池町、のどかな街並みの一角にある『フィッシュ・アート魚紳』。九州でも珍しい魚のはく製が作られている工房で、これまで知り合いや口コミのお客のみの受注だったが、去年から一般の注文も受けるようになったという。看板はなく、雑然とした工房内には、はく製やその材料の他、余程の釣り好きなのだろう、釣り雑誌や釣り道具がずらりと並んでいる。

 「もともとここは、父がやっていた理容院だったんです。私も若い頃は後を継ぐつもりで理容師をやっていたのですが、何を間違えたのか、こんな仕事をするようになってしまって。でも、この仕事の源にある釣りの楽しさを教えてくれたのも父なんですよね」と笑う、はく製師・横尾魚紳さん。ヒゲ面に作務衣姿、どこからかにじみ出る温和な雰囲気は『釣り好きの人に悪い人はいない』という、モー娘。中澤の台詞を思い出す。

 幼い頃、父に連れられ、近くの川で釣りを楽しんでいた横尾さん、佐賀商業高校を卒業後、理容学校へ進んでからは、休みの度に平戸や長崎まで海釣りに出掛けていたという。それでも、順調に理容師、美容師の資格を取り、地道に働いていた時、友人にダイバーの仕事を持ちかけられる。若い頃、潜水士の国家資格を取っていた横尾さんには格好の仕事。海の魅力に触手を伸ばさずにはいられず、理容師を辞め、海の男として働くようになった。

 「ダイバーは主に海底工事の仕事で、その後は、一級船舶の資格も持っていましたから船長になったりもして。いずれも、好きな釣りがたくさんできるかな、という理由が大きかったのですが、鹿児島や北海道などのいろいろな海に行きましたね。」

 そんな横尾さんが魚のはく製に出会ったのは、数年前。ダイバーの仕事の傍ら、釣りを楽しんでいた北海道での出来事だった。

 「知識だけでしか知らなかった魚のはく製をこの目で見た時、その三次元のリアルな立体感に感動したのです、魚がこんなにも蘇るものなのかって。それからすぐ、そのはく製師のところに行って、教えてくれって頼み込んだのです。」

 はく製を作るには、まず身と骨を全てはがし、皮だけを乾燥させる。形はウレタンホームという材質をカッターやペーパーで形づくり、その上に皮をかぶせていく。全ての行程が緻密で、細部にわたるまで魚を知っておくことが必要となる。

 「難しいのは、形づくり。人間と同じように、魚も一つひとつ形が違います。また、色素がなくなってしまうので、模様や色もおぼえておかないといけない。だから、自分自身もたくさんの魚を勉強しないといけないんです。今はまだ受注も少ないので、月に二、三度は釣りに行っています。長いときで一週間ぐらい。もちろん、勉強のためですが、やはり好きですからね。内心、仕事が増えて釣りに行けなくなったら、それも困りものだな、なんて思っているんですよ。(笑)」



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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