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No.105


Profile

1948年、広島県生まれ。8歳の時、その才能を見出され、RCC中国放送で童謡歌手としてデビュー。変声期にかかる15歳まで500曲以上のオリジナル曲を披露。武蔵野音楽大学卒業後、結婚し佐賀の地へ。家事の合間をぬってピアノや歌の指導をしていたが、平成10年より童謡歌手として活動を始める。現在、佐賀清和中学校非常勤講師。


二十代の
若者たちへ

「私たち団塊の世代の人間にとって、童謡はとても身近で懐かしい歌なのですが、今の若い人たちにとっては、もう忘れられた存在かもしれません。でも、一度是非聞いて欲しい。心のこもった童謡を聞くと心が温まって、どこか懐かしい、やさしい気持ちになれると思うから。そのために私もずっと歌い続けたいんです。」


童謡声楽家

小川 敬子 さん

童謡は心の故郷。そして母の温もり

 「佐賀には、40年前に歌っていた童謡のような場所がたくさんあるんです。昔から変わらない自然が残っている佐賀は、童謡がピッタリの素敵な町。だからこそ、佐賀の多くの人に聞いてもらいたい。そして、少しでも心温まってもらえれば・・・、それが私の喜びです。」

 現在、佐賀清和中学校の非常勤講師を務めながら、童謡歌手として県内各地で活動をしている小川敬子さん。病院や福祉施設などでのボランティアコンサートをはじめ、六月にはアバンセにて第二回の童謡コンサートを開催する。

 これら活動を始めたのは3年前。だが、童謡歌手としての歴史を紐解くと、その始まりは、小川さんが小学2年の時にさかのぼる。父親の勧めで広島ジュニアオーケストラに参加。ひときわ元気のいい声で歌う小川さんが、当時の楽団長であった山口和彦氏の目にとまった。スカウトされた形でラジオ局(RCC中国放送)の専属歌手としてデビュー。週二回のラジオ番組に出演し、毎回山口氏の作ったオリジナル童謡を歌うようになった。

 世は戦後復興の動乱期。暮らしにも心にも余裕はなく、原爆被害を受けた広島は特にすさみきっていた。そんな中、ラジオから聞こえてくる小川さんの歌声は、心を和ます大きな存在。かわいらしい童謡に勇気づけられる人も多く、一躍“天才童謡歌手”として、名を馳せるようになった。

 変声期に入る15歳まで、歌った童謡は五百曲以上。現在、そのうちわずか50の楽譜が小川さんの手元に残っている。

 「歌手をやめてから声楽の勉強を始め、音大にまで行かせてもらいましたが、すぐに結婚。佐賀に来てからは専業主婦の合間にピアノや歌を教えたり、小さなリサイタルを開く程度。心のどこかで『また童謡を歌いたい』とわだかまりを持ちながらも、昔のいい想い出として胸にしまっていたのです。」

 その想い出を再び掘り起こしたのは、清和高校教諭・徳永義昭先生の言葉。たまたま聞かせた昔の録音テープの歌声に感銘し『このままにしておくのはもったいない。是非、もう一度歌って佐賀の人に聞かせましょう。』

 思いもよらぬところからよき協力者を得た小川さん。事を進めていくうちに、自らの進む方向も確立していったという。

 「私のこれからの人生で、この童謡を通して社会のために尽くしたいって思い始めたのです。さまざまな事件や荒れている子供達、終末医療のことなどを聞いていると、今の世の中には、癒しが求められているとつくづく思います。童謡というのは、よく『心のふるさと』と言われますが、私はそれと共に『母のぬくもり』でもあると思うのです。二年前、三年前に他界した母や義母も私の童謡が好きで、活動も応援してくれていました。この童謡を通して、そんな母のようなぬくもりを多くの人々に与えることができればいいなと思っています。」



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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