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No.104


Profile

昭和24年6月、佐賀市生まれ。佐賀工業高等学校卒業後、重工業の仕事に就くが21歳の時に大工を目指し始める。江口工務店で7年の修業の後独立。腕一本で県内を点々とした後、井手工務店を創業。37歳の時、宮大工・宮地氏のところへ弟子入りし、久留米・梅林寺の建築を手がけるように。現在、井手工務店改め『番匠 井手』の棟梁として、5人の弟子を育てながら伝統建築の家づくりに励んでいる。


二十代の
若者たちへ

「生きていくためには、何らかの希望や夢を持つことって大切だと思うのです。そのためには、今何をするべきか、何をしたいかを考えなければならない。そして、そのために大事なのは、物や人を大事にし、自分を自覚することだと思います。特に忘れてはならないのが、自分を生んでくれた親への感謝。弟子たちにもいつも言っていますが、誕生日は祝ってもらうばかりじゃなく、生んでくれた親に感謝する日だって。1年に1回ぐらい、こんなに大きくなりましたってお礼を言って来いって。そういう一つひとつの事が大事なんだって。 」


大工棟梁

井手 一雄 さん

夢は肥前大工集団

 木の香り、土のぬくもりに包まれた、昔ながらの日本の家。鉄筋コンクリートやプレハブなどの建築様式が当たり前となった現代で、今なおこの伝統建築を守り、造り続ける人がいる。『番匠 井手』棟梁・井手一雄さん。この道三十年になるベテラン大工だ

 井手さんの造る家は、その98%が土や木など天然の材料。より過ごしやすい家を造るため、柱の一本一本まで産地や品質を吟味、土などは七年かけて発酵させた井手さんオリジナルの赤土を使用するといったこだわりよう。手掛ける家は全て『からだにやさしい、安らぎのある場所』をモットーに建設され、その成果の一つとして、平成11年に建築した邸宅が佐賀県快適建築賞特別賞を授与した。

 「大工になりたての頃は、通常の近代的な住宅を造っていました。でも、化学物質が含まれた壁材や合成樹脂、塗料などを使って家を造ることに抵抗を持つようになりまして、昔ながらの木や土で造る家に興味を持つようになったのです。」

 大工を目指し始めたのは21歳の時。工務店に7年、その後、腕だめしにと県内の現場を点々とした後、独立。井手工務店の棟梁として数人の弟子を持つまでになっていたが、37歳にして突如二度目の弟子入り。宮大工として県内でも名の知られる宮地氏を慕い、それから11年、久留米・梅林寺仏閣の建設に携わるようになった。手掛けていた仕事を途中で他社に譲り、全てを抛っての二度目のスタート。しかし、これが井手さんの大工としての生き方に大きく影響を及ぼすことになったという。

 「昔ながらの建設をやりたいと思っていた矢先の降って湧いたようないい話でしたので、周りに迷惑をかけながらもやってみたかった。そのおかげで、宮大工の技術の勉強はもちろん、長い期間お寺での仕事をしていましたから、修業僧の方と触れ合う機会も多く、秩序や縦のつながりの大切さを改めて教えられました。棟梁として弟子を育てている今、時代錯誤と思われるかもしれませんが、縦社会のけじめや親への感謝に関しては厳しく指導しています。」

 現在、井手さんのところで修業を積む弟子は5人。そのほとんどが社会人駆け出しの若者で、技術こそまだおぼつかないものの、『井手流大工』としての心構えは十分。時折飛ばされる檄もひたむきに受け、立派な大工になることを夢見、熱心に働き続けている。そんな弟子たちを見ながら、井手さんはしみじみと語る。

 「腕はまだまだで、じれったいと思うことも多いのですが、いずれはこの子たちを一人前にして、肥前大工集団を作って全国にこんな温かい家を作りに飛び回りたい。それが夢なんです。今はそのための礎の時。今は建築価格も低く抑えているので、ほとんど赤字で女房にも苦労をかけっぱなしなのですが、その夢を叶えるために頑張っているんです。」



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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