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No.103


Profile

昭和30年11月、三瀬村生まれ。三瀬中学、三脊分校卒業後、大工の道へ。24歳の時に病気が原因で人工透析を余儀なくされる。同じ頃、神埼町の画家、故福成良男氏のアドバイスを受け版画を始める。三瀬の自然をテーマに制作を続け、多くの今回で4回目の個展。


二十代の
若者たちへ

「若い人たちに言えることは『ガンバレ』の一言、それしかないですね。自分自身、若い頃から人工透析をしていましたので、困難も苦労も多かった。でも、結局は自分が頑張るしかなかった。何をするにしてもやり始めたばかりでうまくいくわけはない。十年、二十年かかることは覚悟の上で頑張ってほしいですね。」


版画家

佐保 正氣 さん

三瀬の自然を 版画に残したい

 「版画をしていなければ、今の自分はなかった。そういう意味では、これ(版画)に出会えたことは私にとって最大の幸運だったのかもしれません」。三瀬村在住、故郷の自然をこよなく愛する版画家・佐保正氣さん。若い頃からの病気で大きなハンディを背負いながら、コツコツと制作を続け、この四月に四回目の個展を開く予定になっている。

 幼い頃から画を描くことが大好き。特に三瀬の風景画を描くのが得意で、学生時代には数えきれない程の賞をもらっていたという。高校を卒業後、大工となり働いていたが、二十四歳の時、医者から「人工透析をしなければ体がもたない」という辛い宣告を受けた。

 このままでは大工の仕事がいつまでできるか分からない---。そう考えた佐保さんは、大工の傍らで、もともと興味のあった絵を描き始めた。

 「十年先、二十年先もできること、それが大前提でした。絵で生計を立てることができればと思い、水彩画、油絵、彫刻といろいろとやってみましたが、なかなか思うようにいかなくて。そんな時、神埼町で画家をしていた故福成良男先生から『佐保くんは木版画をやってみてはどうか』と勧められたのです。もちろん木版画をするのは初めてで、戸惑いながらではありましたが、数ヶ月後に佐賀で開かれたエマ会に出展したら、その作品が売れたんですよ。それで、『もしかするとこれでやっていけるのでは』と自信がつきまして。」

 なるほど、センターでトレーニングをしている人たちは、誰もがとてもいい顔をしている。福井さん自身も生涯現役の精神で、大会での入賞を目標に置きトレーニングを続けている。

 佐保さんの作品は、その頃から全て“三瀬村”をテーマにしたものばかり。それは、三瀬の美しい自然を版画を通して多くの人に知ってもらいたい、そして残していきたいからだと言う。三瀬から見える景色、三瀬に生息する生き物たち、四季を彩る草花など・・・。技術は全て独学というその作品は、力強い直線と、モノトーンの柔らかい色づき具合が印象的。どれも温かく、眺めていると佐保さんの愛郷心が伝わってくるようだ。

 週三回の人工透析を受けながら、大工の仕事の合間に版画を制作する。それは、かなりの体力と精神力を要することだった。それでも、佐保さんは前に進むしかないと自分に言い聞かせ、地道に制作を続けた。  一回、二回と数年毎に個展を開き、評判も上々。苦しいながらも順調な日々を送っていたが、数年前、病気が原因で右半身が麻痺状態に。大工の仕事は辞めざるを得なかったが、版画は左手一本で彫り続けた。

 「左手だけでできない作業は、母親が右手の代わりになってくれました。思うように体が動かず、苛立つことも少なくありません。でも、これが私の生きる道。そう思いながらやっています。」

 そんな思いをして仕上がった作品の数々。どんな人に買ってもらいたいかと尋ねると、佐保さんはこう即答した。

「どんな人になんて私が言えることではありません。作品を買ってもらうこと自体が私の喜びであり、ありがたいことなのですから。」



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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