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No.097


Profile

昭和39年、福岡市生まれ。父親の影響で建築に興味を示し、久留米大学附設高等学校卒業後、東京大学理工学部へ。平成2年10月からオーストリアのウィーン工科大学に留学。帰国後、留学時代の論文を発表し工学博士号を取得。平成7年に佐賀大学へ赴任。勤めながらも一昨年にオーストリアに文部省在外研究員として留学するなど、国外でも活動。現在、佐賀大学理工学部都市工学科助教授・工学博士・一級建築士。


佐賀活性化に
向けて

佐賀に来て5年になりますが、佐賀の町には、隠れて見えないところがたくさんあっておもしろい。だから、もっと多くの人たちに佐賀のことを勉強し議論し、もっと積極的になってほしいですね。佐賀の人たちって(私も半分は佐賀の血が入っていますが)葉隠の精神なのか、少し奥ゆかしい面がありますから。いいところは再発見して表に出し、それを通じて元気になってほしいですね。まちづくりに成功しているのは、住民の人が頑張っているところが多いのですよ。


佐賀大学理工学部 都市工学科助教授

三島 伸雄 さん

大学の敷居を低く
町の活性は若者にあり

 佐賀大学都市工学科助教授、三島伸雄さん。平成七年に赴任してきて以来、『佐賀のまちづくり』に意欲をもやし、研究室の学生らとともに県内各地でさまざまな活動を行っている。

 建築家の父を持ち、幼い頃は「家を作る仕事=大工さん」にあこがれていたという三島さん、高校になるとそのあこがれが『都市工学(まちづくり)』という確かな形へと変化。都市工学を学ぶべく、東京大学へ進学。卒業後、ウィーン工科大学に留学し、そこで学んだことを論文にし、博士号を取得した。佐賀大学赴任の話がきたのは、それから間もない頃のこと。

 「実はその時、現場(設計事務所)に行く予定があったのですが、教育現場にも興味がありましたし、地域社会に飛び込むことで、今までに知らなかったことを知ることができるのではと思いまして。」

 母親の実家が佐賀だったことから、初めて訪れる土地ではなかったものの、町の事情などは何も知らないところからのスタート。赴任当初は、町の特徴がわからず、何を拠り所に、どこから手をつければいいのか分からず、戸惑うことも多かったという。

 そんな三島さんの突破口となったのは、平成八年から協力をし始めた武雄温泉街界隈のまちづくりだ。

  「まちづくりをしていた代表の方の一人と知り合いになったのをきっかけに協力することになりまして。4年の学生が『どうしたら町の再生ができるのか』といったことを取り上げて卒業論文にしたり、区長さんや振興会の人たちと一緒に会議をしたりして。論文の評判も上々で、町の人たちにも一つの参考にしていただき、学生にも、私にとってもいい経験になりましたね。」

 それを皮切りに、これまで鹿島市肥前浜のまちづくり、牛津町総合計画などに参加。特に佐賀市総合計画に関しては、その前ふりであった『佐賀市のまちづくりを考える会』の段階から一市民として参加したという。

  「公募があった時に、大学助教授という名を伏せて応募しまして。参加者の中で一番若かったので、分科会の部会長にまつり立てられてしまって。その継続で、今は佐賀市総合計画の策定委員会のメンバーになっています。大学助教授というのもバレてしまいましたけどね(笑)。」

 そんな三島さんは、佐賀のまちづくりに対しての考えを次のように語る。

  「今、私が考えているのは、佐賀大学のコミュニティキャンパス化。せっかく佐賀に大学があるのに、市民との距離ってなぜか遠いんですよね。もっと垣根を低くして、大学をオープンにすれば、逆に市街地の活性化に対してもつながると思うのです。例えば佐賀大学の一部の機能が中心商店街の中にできたり、そこで学生達が勉強したり、生涯学習が行われたり。中心街に若者がいるということは、それだけで町が活性化する要素になりますからね。」



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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