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No.084


Profile

宮崎県生まれ。女子美術大学芸術学部洋画科卒業後、東京都杉並区平林七宝社に入社。昭和52年、黒薩摩に魅せられ七宝陶器の製法考案、製作に入る。翌年鹿児島で研究発表をし、発明協会鹿児島支部より奨励賞を受賞。その後、佐賀に居を構え、陶芸活動を始める。昭和62年に七宝陶芸の特許が下りる。平成6年、韓・日国際文化大賞、平成7年日仏芸術文化賞、平成9年カンヌ芸術祭欧日芸術振興賞など多数受賞。


若者たちへの
メッセージ

私が歩いてきた道は皆さんとはもちろん違いますが、自分がやりたいと思った道は諦めずに進んでほしいですね。少し批判されたり、否定されたりすると「もうダメだ」なんて諦めてしまう人もいますが、それを克服してほしい。これは私自身にも言えることなんですけどね。辛い時こそ頑張っていってもらいたいですね。


みやき陶芸研究所

弥永 和美 さん

研究は生みだした故の責任

 いろいろな色彩のホーローを銅の台座に塗って焼き、多様な彩りを浮かび上がらせた美術工芸品「七宝」。その愛くるしい造形と細やかな紋様は、風雅な温かさが感じられ、見る人の目を幻想の世界に誘いこむ。そんな七宝の美しさと陶器の融合を考案し「七宝陶芸」という新しい世界を生み出したのが、現在中原町で「みやき陶芸研究所」を開いている弥永和美さんだ。

 弥永さんと七宝の出会いは、大学卒業後に就職した東京の大手七宝会社。在学中は洋画を専攻していため、七宝については何も知らなかったが、デザインや色彩のセンスが認められ、一年も経たないうちに指導する立場になったという。七宝に囲まれて仕事をする日々が続くうちに、弥永さんの中に一つのふとした疑問が浮かび上がる。

  「七宝というのは銅の台座にガラスの粉を流し込んでつくるのですが、全てプレスした銅板の上に描くものですから、厚みがみんな同じになってしまうのです。『せっかくの美しい彩りがこれではもったいない。全体的に美しい形にならないかな。焼き物に七宝が取り入れられないかな』そんな疑問が出てきたんです。でも、当時はそんな技法はなく、当時の社長に話しても『不可能だ』という返事が返ってくるだけでした。」

 一年で同社を退社した弥永さんは、その後しばらく七宝から離れ、洋画の勉強に没頭。ところが数年後、何の巡り合わせか、たまたま行った鹿児島で焼物「黒薩摩」に魅せられた弥永さんは、再び「七宝と陶器の融合」を目指し始めた。くっつくはずのない土とガラス。透明な色の美しさを陶器の上にどう描き出すか・・・、弥永さんは研究と実験を重ね、とうとう独自の製法で『七宝陶器』を完成させた。

 研究発表後、佐賀に居を構え陶芸活動を始めた弥永さん、十年後には、申請していた特許が下り、新聞やニュースなどで話題に、翌年には佐賀県の特産にも選定された。

 だが半面、伝統文化を大切にする日本の陶芸界ではなかなか認められなかったのも現実だった。そこで弥永さんは世界へと目を向けた。日本の大使館からイタリアの大使館へ手紙を送ってもらい、三年後にはイタリア(ファエンツァ)に招待出品。それをきっかけに、徐々に「七宝陶芸」が世間に認められ、送り出されるようになったという。

 現在も製作活動をしながら、七宝陶芸の研究を重ねているという弥永さん。最近では海外の展示会への出品も多く、平成九年にはカンヌ芸術祭に出展、欧日芸術振興賞を受賞している。

 「この製法は技術はもちろんのこと、普通の陶器とは工程がだいぶ複雑になりますのでかなりの手間暇がかかるんです。だから、見よう見まねではもちろんできませんし、私もまだまだ研究中。忙しくて、好きだった洋画は描けなくなりましたが、せっかく自らの手で完成した「七宝陶芸」ですから、より七宝の美しさが活かせるものを、いい色が出るものを作っていきたいですね。」



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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