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No.083


Profile

昭和46年10月生まれ。熊本県出身。中学生の頃から陸上部に所属。宮崎工業高等学 校を卒業後、福岡大学へ。在学中、10種競技に興味を持ち、21歳の時から本格的にスタート。4年前、トレーニングに専念するため、恩師の紹介で白石保養院に就職。同院理事長、故・緒方氏の指導を受けるように。現在3年連続日本ランキング1位。現在、オリンピック出場を夢に、練習を重ねる毎日。


若者たちへの
メッセージ

メッセージなんてないですよ。自分がもらいたいぐらい(笑)。オリンピック出場は夢であり目標。だからこそ、4月の大会は自分にとって一つの区切りです。どんな結果になろうとも後悔はしたくない。失敗した時のことを今考えるより、やれるだけのことをやろうと思っています。周りで支えてくれる人たちのためにも…。


陸上選手

丸小野 仁之 さん

サボってばかりの学生時代
今は五輪出場が目標

 今年はオリンピックの年。現在、日本中の、いや世界中の運動選手たちは、この夏のシドニーを目指し、猛練習やトレーニングに明け暮れていることだろう。そしてもちろん佐賀にも、オリンピック出場を目指す男がいる。白石保養院(現在、金立町のウィンブルドンに出向中)に勤める丸小野仁之さんだ。

 彼の出場種目は『10種競技』。その名の通り10種の陸上種目(100m、幅飛び、砲丸投げ、高飛び、400m、110ハードル、円盤投げ、棒高飛び、槍投げ、1500m)を全て行ない、その総合得点で競い合うという、かなりハードな競技だ。

 丸小野さんがこの競技を始めたのは21歳の時。それまでは、陸上部にこそ入っていたものの、熱心とはとても言い難い状態で、オリンピックを目指すなんて自分でも想像だにしなかったことだという。

 「中学時代は大会だけ無理矢理参加させられた幽霊部員。高校に入ってハードルを専門にするようになりましたが、いい記録が出たわけでもなく、顧問の先生が厳しかったから練習こそしてはいましたが、いつもサボることばかり考えてましたね。」

 だが、どんなに不真面目にやろうとも、辞めたいと思ったことはなかった。運動神経抜群、武道以外なら何のスポーツも大好きだったという丸小野さんにとって、10種競技はまさに必然的な巡り合わせだったと言えよう。

 大学時代、当時の顧問に勧められ、何気なく始めた10種競技。やってみると、それがなかなかいい感じ。すぐに上達し、いい成績がさらなる自信と励みにつながり、飛ぶ鳥を落とす勢いで記録を伸ばしていった。そんな折、恩師に連れられ、バルセロナオリンピックを見学。選手たちの姿を直に見て、『あ、この輪の中に入りたい。ここで競技がしたい』と強く感じたという。

 大学卒業後、しばらく大学の助手を勤めるが、トレーニングに専念するために、恩師の紹介で白石保養院に就職。同院理事長であった故・緒方氏の指導を受けながら、特訓を重ねた。
 その結果、3年連続で日本ランキング1位を保持。現在、オリンピック出場の最有力候補者といえる。

 といっても、実はオリンピック開催以来、この競技に出場した日本人はいない。出場するには8050点という標準記録があり、これまでの日本記録は7995点。丸小野さんの記録は7700点。あと350点の難関を突破しなければ、出場は成し遂げられないのだ。

 現在、佐賀総合グラウンドで一人黙々とトレーニングをする丸小野さん。『体力的にも今年が最後の勝負』というその言葉の内には、目標達成の意気込みとともに、2年前に他界したよき指導者、緒方氏への感謝の念も入っているようだ。



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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