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No.054


Profile

昭和45年1月、嬉野町生まれ。嬉野中学卒業後、盲学校を1ヶ月で退学、杵島商業高校を3ヶ月で退学した後、単身福岡へ。バンドを組み10年ほど活動していたが、25歳のとき家業を継ぐため帰佐。昨年6月、素人ちんどん屋「嬉野お茶らか夢楽団」を結成。現在、鍼灸院経営の傍ら、家族を含め15人のメンバーとともに各地でパフォーマンスを繰り広げている。


自分のこれから

十代の頃、町の人たちにはたくさん迷惑ました。だから、この活動で少しでも罪滅ぼしができれば、と思っています。夢は嬉野をちんどん屋の町にすること。ちんどんランド嬉野温泉をキャッチフレーズに、全国のちんどん屋が嬉野に集まってきて、ここでパフォーマンスをしてくれたら観光客誘致にもつながって活気づくと思うんです。


嬉野温泉お茶らか夢楽団 団長

岸川 伸資 さん

嬉野に罪滅ぼし
-将来はちんどん屋の町に-

 今、嬉野をはじめ、県内でひそかに話題を呼んでいる嬉野温泉お茶らか夢楽団。まだ結成してわずか8カ月だが、これまでに嬉野の町はもちろんのこと、県内各地の老人ホームや障害者施設、果ては長崎を起点に東京までの「長崎街道行脚」も達成、その勢いたるやとどまるところを知らない『素人ちんどん屋集団』だ。

 楽団の団長を務めるのは、嬉野温泉街にある創業百年の岸川鍼灸院の4代目院長、岸用伸資さん。もちろん、この「嬉野でちんどん屋を」という突飛な発想を考えたのも彼自身だ。

 今でこそ、自分らの活動で嬉野が活気づけばと願う愛郷心の強い岸川さんだが、その裏には、奥深い因縁が隠されていた。聞けば岸川さん、中学時代は俗に言う不良少年。パンクロックにのめり込み、近所迷惑のみならず、町の体育館で消火器を振り回したりして警察沙汰になることも度々だったという。

 「目が不自由な自分を同情されるのが嫌だった。あの頃はいろいろな意味で干渉する嬉野という町が大嫌いでしたね。」

 16の時、嬉野を飛び出し、福岡でメンバーを集めてロックバンドを結成。プロデビュー直前までいく程音楽活動に明け暮れていたという。ところが、22歳で結婚、翌年、父親になった岸川さんは音楽への夢よりも家族を選択。家業を継ぐことを決意し、25歳の時嬉野に帰ってきた。

 「それでも、地元の友人たちとバンドを組んで活動してたんですが、仕事柄幅広い年齢の方とお付き合いさせていただくようになって、みんなに好かれる音楽は何だろうと考えた時、ふと思いついたんです。」

 ロックバンドから一転ちんどん屋へ。唖然とするバンドのメンバーを説得し、始めて「ちんどん」を披露したのは結成してわずか2カ月、昨年の8月に嬉野で行なわれた夏祭りの時だった。祭当日、予想以上の評判に気をよくした岸川さん、どうせなら町のPRを兼ねて、と同月下旬に福岡でゲリラ的にパフォーマンスを繰り広げた。するとこれまた大反響、公演依頼が殺到し、確実に集まる家族もメンバーに加え、現在に至ったというわけだ。

 「この半年間は話題づくりで動いてきたんです。嬉野温泉という言葉をたくさん出して嬉野を知ってもらおうと思って。だから、音楽性はまるでなし。日本一下手なちんどん屋かも。(笑)でも、これから先は、音楽にも目を向けて本当の音楽を作っていきたいなと思っています。」



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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