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No.041


Profile

昭和6年7月生まれ。昭和20年、第2次大戦後佐賀に。法政大学文学部卒業後昭和26年から佐賀県立図書館に勤務。41年間務め退職。その間、佐賀県農地改革史、佐賀県史、佐賀県教育史の編纂に従事する。現在、西九州大学、佐賀女子短期大学、佐賀短期大学および高齢者大学の非常勤講師。


20代の若者へ

41年間図書館で佐賀県のことを調べ、つくづく佐賀ってすごいところだなと思っていました。佐賀県というと、何かつまらない県だと思われがちなのですが、かつてはすごい人材が育ち、全国に影響を与えた国だったのです。旧国(肥前藩)が2つに別れて県になったなんて佐賀だけなのですから。今の人たちはその歴史を知らない。もっと知ってほしいし、誇りをもってほしいものですね。


郷土史研究家

福岡 博 さん

佐賀弁が分からず、
友達がほしい一心で民謡を覚えたんです。
そのうちにミイラ取りがミイラになって…。
おかげで愛郷心も芽生えましたね。

 県内の本屋さんに行くと、必ず見かける郷土誌の数々。そして、その中に監修・福岡博、または著者・福岡博という名前を数多くみかける。(愛郷心の強いあなたはきっと知っているはず!)今回取材したその本人、福岡さんは「佐賀のことを知りたいならこの人に!」と、県内だけでなく、全国からも多くの人が訪れ尋ねるという佐賀県の生き字引的存在。中でも民謡や童唄に関しては研究し始めて40年以上になる達人だ。

 「特に好きだったわけではないんです。民謡を自分の手で保存してやろうというような大それた望みを持っていたわけでも。ただ、佐賀のことが知りたかった。知らなければならなかったから…。」

 第二次世界大戦後、朝鮮から引き上げてきた中学生の福岡さんは、佐賀に来てカルチャーショックを受けたと言う。「あさん、どっからきたこぉ(あなたはどこから来たのですか)」「ぜんのいっぼい(お金が必要ですよ)」「もうにゅうばい(もう寝ましょう)」。朝鮮でしゃべっていた日本語とはまるで違う言葉は、まるでフランス語を聞いているようだったという。

 朝鮮にいる頃から“いつか帰れる”と夢に見ていたふるさとの言葉が分からず、地元の人たちからは『よそ者』として受け入れてもらえない。寂しさと悔しさにまみれながらも、友達が欲しいという一心で“とにかく言葉を覚えなければ!”と思ったという。昔の文献を引っ張り出し、方言や郷土史などを紐解きながら佐賀弁と格闘、だがなかなか身につかない。そんな中で、一番覚えやすかったのが、近所の「おたけさん」というおばあちゃんがうたってくれる童唄だった。簡単な唄から教えてもらい、数をこなしているうちに、童唄に魅せられた福岡さんは、お年寄りの方を見つける度にそばに行き、昔の話をしてもらったり、童唄を唄ってもらっていたという。

 唄を覚える度に佐賀に対する愛嬌心も芽生え、大学卒業後は、佐賀県職員として県立図書館に勤務するようになった。

 図書館での仕事は、本の内容を把握すること。一般の人たちから専門家まで、同じ資料探しでもその内容はいろいろ。来館者の求める本を探すためには、どんな本がどこにあるかを全て知っておかねばならなかったのだ。また、同時に県史や郷土史の編纂にも携わるようになった。学生時代、佐賀を知るために始めたものが、ここでも実になり、さらなる知識を深めることになったのだ。その頃からこれまでに手がけた本は数知れず。現在もまた、新しい町史の監修に取りかかっている。

 そして、傍らではもちろん、民謡の研究を続けた。昭和二十九年、月刊郷土誌「新郷土」に採集した民謡の連載がスタート。自転車の荷台に座蒲団を敷き、テープレーダーをしばりつけて県内を走り回る。その地の民謡を唄うおばあちゃんのところにいっては、収録・取材を繰り返した。

 「取材する時は、まず自分が唄うところから始めていました。いきなり唄ってくださいじゃ、相手に構えられますからね。すると、おばあちゃんが『おまえ、若いのによう知っとるなあ』と打ち解けてくれてくれるんです。そして、いろんな民謡を唄ってくれて。自分も昔のことなんか思い出して楽しかったですね。」

 昭和三十年後半にはNHK佐賀局で民謡番組に出演、昭和六十三年には、念願の本「佐賀の民謡」を出版するに至った。

 「今の歌なんて全く覚えることができませんが、当時覚えた唄は全部唄えます。忘れようと思っても忘れることができないですよ。あの頃は感覚が新しかったし、そういう環境で育ったからでしょうね。例えば、ひいふうみっつのうぐいすは〜♪(中略)〜って具合に。」

 遠くを見ながら、懐かしそうに童唄を唄う福岡さん、その目には昔のおたけさんとの思い出が映っているのだろうか。



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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