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No.034


Profile

昭和17年5月、佐賀市生まれ。 県立佐賀高等学校を卒業後、昭和43年、26歳の時にプロ野球界入り。近鉄に所属し、新人の頃からピンチヒッターとして活躍、2年目には3割3分3厘という記録を出し首位打者としてチームの要となる。8年後日本ハムに移籍、37歳で引退し、現在は市内で焼鳥屋『あぶさん』を営む。水島新司氏の人気マンガ『あぶさん』のモデルでもある。


若者への
メッセージ

人間、目標を持って進むことですよね。僕の場合は野球が好きだったことはもちろん、野球しか自分の取り柄がなかったから、野球だけは誰にも負けたくなかったんです。だから、学生時代、そしてプロ野球に入ると決めた時も人一倍、それこそ血のにじむような努力をしてきました。やはり、人生には張り合いを持って生きることが一番ですよね。


元プロ野球選手

永渕 洋三 さん

野球に酒、
好きなことやってきたから
人生に悔いなし

 長崎歴史街道のすぐそばにある、こじんまりとした焼鳥屋。看板には『あぶさん』という文字。そう、二十数年続く野球マンガの『あぶさん』だ。実は、この焼鳥屋の店主こそ、マンガのモデルとなった人物。今から約二十数年前にプロ野球界の名バッターとして活躍した永渕洋三さん本人だ。

 永渕さんが野球を始めたのは小学校の頃。六年の時には「プロ野球選手になる」と担任の先生に夢を語っていたほどの野球好き。得意はピッチャーで、高校時代には春の選抜野球九州大会で優勝するほどの腕であったという。高校卒業後、東芝で社会人野球をしていたが、二十六歳の時プロ野球界入り。バッターとしての才覚を発し、初年度はピンチヒッターとして七十数本のヒット、二年目には三割三分三厘の首位打者となった。

 そんな永渕さんの一番の楽しみが酒を飲むこと。そもそもプロ野球に入ったきっかけも、酒を買うためにつくった借金を返すためであったというから、その執着の強さが伺える。今でもビール3本に酒2合は当たり前、当時はさらに輪をかけ、浴びるように飲み、二日酔いで打席に立つこともしばしばだったとか。マンガ家の水島シンジさんが、あぶさんを描くきっかけになったのも、そんな永渕さんの行動がきっかけ。

 「私が酔った勢いで、新聞記者に飲み代で借金作ったとか、契約金で借金作ったとか、二日酔いで試合に出たなんて言ったのが新聞に出ちゃいましてね。それを見て『これだ!』って思ったらしいですよ。」

 水島さんと対面したのは、『あぶさん』がマンガとして世に広まり、人気が定着してから。しかし、マンガにはまるで頓着のない永渕さんは、自分がモデルであることを伝えられても、ピンとこなかったという。

 「僕自身、あんまりマンガに興味がないもので。店名には、あぶさんの名を使わせてもらったんですが、実際どんなマンガかなんてよく知らないんですよ。」

 なるほど、確かに店内にはマンガ本は見当たらない。それどころか、現役時代の写真や、トロフィー、長嶋監督と一緒に撮った写真なども一切置いていない。『昔のことは昔のこと。興味がないものには関心を持たない』。このへんに、永渕さんのざっくばらんとした性格の根本があるようだ。

 現在、野球は草野球を楽しむ程度。

 「プロは野球が仕事ですから毎日々々がしんどいけど、今は楽しいですよ。まぁ、野球もやり、酒も飲み、好きなことやってきましたから、我が人生に悔いはないってところですね。」



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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