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No.002


Profile

1950年、佐賀市生まれ。地元の小・中学校へ進み恩師の言葉によりラグビーヘの道が開かれる。龍谷高校、日本体育大学ではラグビー三昧。同大学卒業後、ラグビーを地元に教え広げたいとの責をもって卿左。以来郷年目、性責数筋としてスポーツを通じて工しい心を,わせると日時に、ラグビー部監督として、こよなく愛するラグビーを佐賀の子供たちに伝え続けている。


佐賀工業高等学体育教師

小城 博 さん

小さい頃からわんぱくで、中学校へ入っても勉強は
全くと言っていいほどやらず、悪さばかりをしていた。

 『大声を出す人は健康だ』。まさにその言葉がぴったりとはまる小城博先生は、佐賀県立工業高等学校の体育教師。今年、同高校ラグビー部を25年ぶりにべスト8へと導いた名監督だ。決して大柄ではないが、がっちりと鍛えられた体、しつかり焼かれた黒い肌、そして少し変形した耳は、ラガーマンの象徴。温厚な顔立ちだが、これがグラウンドに立つと一変、小城監督ならぬ鬼監督と化してしまう。

 現在、市内の中・高校生の間で『小城ラグビー』との異名を持ち一目置がれるようになった小城先生の教えるラグビーは『超』厳しい。手が出ることもしばしばだ。しかし、その中には、小城先生の「ラグビーのおもしろさを佐賀の生徒たちに伝えたい」という情熱と、生徒のあらん限りの能力を発揮させてあげたいという愛情が込められている。そんな先生の気持ちを知ってか知らずが、生徒たちも必死でついてくる。その目は真剣そのもの。そして、卒業するころにはたくさんの苦楽の思い出と、自らの力に対する自信を手にするのだ。

 「本人でさえ気付いていない、秘めた力を探すのが私の仕事だと思っています。最近やっと、生徒と同じ立場に立った上での指導ができるようになりました。昔はただ頭ごなしに怒鳴りつけることも多かったのですが、自分が今までの経験を積んだ上で分かったことをそのまま教えても、初めて教えてもらう生徒たちに分かるわけないんですよね。今思えば、当時の生徒たちに申し訳ないですよ。」

 ラグビーの監督を始めて今年で丸25年。この間、生徒たちに教えられることも多かったという。そんな小城先生のラグビー人生の始まりは、今から約30年前にさかのぼる。小さい頃からわんぱくで、中学校へ入っても勉強は全くと言っていいほどやらず、悪さばがりをしていた。

 そんなある夏、恩師から「お前の性格にはラグビーが合っている。龍谷高校へ行ってラグビ−をやれ」との助言を受ける。言われた通り龍谷高校へ進学し、ラグビー部へ入部。1年もたたないうちにレギュラーの座を獲得し、3年間花園へ出場した。日本体育大学へと進学し、大学時代には全国制覇という快挙を成し遂げた。もちろん、小城青年もその一員として勝利を味わったのだ。そのころから教師になりたいという夢は固まりつつあったという。『自分だけがこのラグビーのおもしろさを知っているのではもったいない。教師になって、もっと多くの人たちにラグビーを伝えなければ』そんな思いを胸に、恩師のいる佐賀県に舞い戻り、高校教師となったのだ。

 「その気持ちは今も変わりませんね。彼たちにも言っています。とにかくこのラグビーのおもしろさを後輩に、子供に、地域の人たちに教えてほしいと。そうやってラグビーを多くの人たちに伝えてほしいと。だから、在学中は師弟の関係でしょうが、卒業したらもうラグビーのおもしろさを分かち合う仲間ですよ。」

 教えられる側から教える側になった小城先生。単なる悪ガキであった少年時代からは考えられないたくましさを備え付け、不携不屈の精神で今日も生徒に叱咤激励を飛ばす。

 「趣味であり、特技でもあるラグビーを教え、競わせるのは楽しい以外の何物でもありません。今は一日24時間ラグビーのことしか頭にないですね」と目を輝かせて語る様は少年そのものだ。



※プロフィールなどの記述は「月刊タウン情報さが」掲載当時のものです。

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