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連載 第23回 佐賀の発電所から見たエネルギー資源
【後編】揚水発電の未来像

執筆者

中村 聡 Nakamura Satoshi 経歴/佐賀大学文化教育学部准教授...



 第22回では「風力や太陽光が本命」と結んだ。意外に思う人が多いところだが、想像以上に深刻な既存エネルギー資源の限界が、この結論の背景にあった。これを受けて今回は、これらの自然エネルギーの可能性を探ることにしよう。

自然エネルギーの弱点
 
 自然エネルギーの発電コストは先月号で少し述べた。それを含めての結論だったわけだが、他にも弱点はある。発電量が自然任せになる点と、いわゆるスマートグリッドに繋がる問題。後者を簡単に述べた後で、前者の問題に取り組もう。  
 現在の送電システムは少数の大規模発電所から末端に送電するようになっているが、発電所が分散したときには、頻繁に逆方向に電力が運ばれる(逆潮流)ようになる。簡単に言うとそれに対応しようとするがスマートグリッドだ。  
 スマートグリッドの技術開発状況を筆者はちゃんと調べていない。けれどもドイツの自然エネルギー導入量は、この問題に対する大規模実験と見なせるレベルに達している。これまでに何度か昼間のピーク時に風力と太陽光を合わせた構成比率が六〇%前後に達したが、逆潮流に関する問題は起こらず、送電システムは破綻しなかった。
 ひょっとしたらこの問題は「オオカミ少年状態」に陥っているのかも知れない、と感じ始めている。つまりさほど大きな問題でない可能性がある。

全て自然エネルギーで?

 そもそも現状で数%(水力除く/全世界)の持続性エネルギーに、将来人類の需要を賄うだけの資源量があるのか、それとも人類はいずれエネルギー問題で岐路に立たされるのか?
 もし後者であるとするならば、過去の文明崩壊が暗示するのは「悲惨で絶望的な戦争状態に陥る」未来である。中国が尖閣諸島に執着する本心は周辺海域の石油資源にあると言われることに、筆者は不吉な予兆を感じ取る。
 さて結論から言うと資源量は足りる。持続性エネルギーの資源量は、埋蔵量でなく賦存量で量る。賦存量とは、例えば太陽光は年間どれだけ地球に降り注ぐのか、という考え方だ。  
 資料を調べてみると賦存量が大きいのは太陽光、次いで風力だが、バイオマスや水力では元より人類の需要に足りない。単独でも賄うだけの賦存量があるのは実質的には太陽光だけだ。
 そこで少々手間の掛かる試算を学生の卒業研究としてやって貰った。太陽光パネルを砂漠に設置したとして、そこから世界各国に電力供給する。世界中の人々に日本人一人当たりと同じエネルギーを供給、電力だけでなく全てのエネルギーを供給、大盤振る舞いする。それでも世界の砂漠面積の三割しか使わなかった。  
 送電ロスを見積もって計上した。更に蓄電ロスも計上、その時に蓄電装置として揚水発電を仮定して、損失を三割とした。

揚水発電の役割
 揚水発電の仕組みを図1に示した。上下二つのダムの間で水を移動して、蓄電と放電を行う。

蓄電時



放電時


【図1】揚水発電の仕組み


 揚水発電は原発反対派の批判の的だ。原子力の弱点である「発電量が調節できない」問題を補償するからだ。次のページの表に、発電量の調節能力を電源別にまとめた。優秀なのはダム式水力で、分単位で需要の変化に追随できる。火力発電もある程度調節が可能だが、原子力は全くだ。
 図2は一日の発電量の変化を、震災前の日本の状況に即して描いた典型例である。原子力は発電量一定だ。ところが需要は昼に多く夜に少ない。こうした一日の需要変化を日較差と言う。

【表】電源別の出力調整能力






【図2】日本電源別発電量の日変化(電源各社資料などを基に作成)

 火力なら出力を半分程度まで絞ることが可能で、更に起動時間も原子力ほど長くはないため、一旦停止しても翌日の需要ピーク時までに再起動できる。原子力はそうはいかないから、夜間蓄電しておいて昼間放電する蓄電装置が必要になる。それが揚水発電だと批判される。例えば天山揚水発電所を玄海原子力発電所の付属設備と見なすのだ。
 公式見解では、揚水発電は原発の付属設備ではない。それに一定の説得力があるのは、現在の状況にも関係する。即ち火力を夜もフル稼働させて必要電力を賄い、その深夜電力を揚水発電で蓄電する状況にある。けれども仮に火力発電に十分な設備容量があるならば、火力の出力調節だけで対応できるので、揚水は必要でない。逆に原子力に充分な設備容量があったら、いよいよ揚水が必須だ。
自然エネルギーも同罪?

 理想的な状況を想定して、自由に出力調節できる発電方法が、複数あったとする。需要が低下する夜間にどの電源出力を下げるのか、それは発電単価の高いものから順番だ。発電単価が一番安いものは夜間もフル稼働する。それをベース電源と呼んでいるが、ベース電源は出力調節の必要がないから原子力でも務まる。
 現実の原子力は出力調節できないから、ベース電源しか務まらない。そのことは、発電コストレースでトップを譲った途端に原子力には役割がなくなることを意味する。これ以上安全対策などに費用を計上できない事情である!  
 では本当の埋蔵量で可採年数を計算したらどうなるか? 実はそれでも可採年数は減らない。減らないどころか増えるのだ。定義に付いている「経済的に採掘できる」の条件が効いてきて、石油価格が上昇すると埋蔵量が増える。この十年程度の間に原油価格は数倍に跳ね上がり、価格上昇だけで可採年数が決まってしまう。そのモデル計算が物理学会誌の中身だった。
 よく「自然エネルギーは発電量が一定しないのが弱点」と言われるが、原子力で分かるように、実は発電量が一定でも困る。問題の本質は発電量調節性能であって、調節できないから弱点なのだ。
 もうお気づきだろうか?自然エネルギーの弱点とされる発電量の問題の解消法は原子力と同様、揚水発電を援用すれば良いのだ。枯渇性エネルギーが使えない未来の状況では、もはや発電コストの問題どころではない。そのとき自然エネルギーに揚水発電を組み合わせて、人類はエネルギー問題に対処可能なのか?
 佐賀県から玄海原子力発電所が消えて、しかし天山揚水発電所は自然エネルギーの弱点を補償するために残る。そういう未来を構想してみよう。

蓄電量は充分か?

 揚水発電で蓄電容量は足りるのか? この問題には、つい最近別の学生に取り組んで貰った。地形図を見ながら揚水ダムの建設可能な場所を見つけて貯水量などを見積もる。かなり手間の掛かる作業だ。その作業を九州全域の地形図に対して行った。  
 この新しい指標が信頼できるためには、既に減産に転じた油田のデータと予測を比べるなどのプロセスを経て、予測方法を確率する必要がある。だから昔は信頼度が不明だったが、最近では状況が変わっている。
 もしかしたら素朴に「ダムの建設可能な場所なんて日本には残っていない」と思うかも知れないが、答えは揚水ダムの特殊性にある。通常のダムは集水域が問題になる。利水でも治水でも、水がほとんど流れない川を堰き止める価値はない。ところが揚水ダムは集水域を必要としないため、山の上の方でも構わない。
 佐賀に赴任してきて初めて地図の天山ダムを見たときは目を疑った。こんな狭い集水域のダムに意味があるのだろうかと。まさか揚水ダム?と思ったが、調べるとその「まさか」だった。揚水ダムの設置場所は通常のダムと全く違うのだ。そして今回学生が候補として見つけた数十箇所も、田圃がほとんどダム湖の底に沈まないほど、山の上のへんぴな場所だった。  
 実際問題として石油は永久に枯渇しない。当たり前だが枯渇する前に価格が高騰して、使えない資源になり、石油から需要が離れていく。
 だからと言って気楽に考えている訳ではない。中には登山で歩いた場所もあり、そこにどんな植物が生きていたのか、樹木の姿までも思い出して心を痛める場面もあった。  
 石油は発電以外にも、自動車などの燃料として使われる。現状の価格でもそちらの需要はまだ健在だ。更にプラスチック等の原材料としても使われる。その需要が失われるのは相当先のことかもしれない。今は発電に関する限り耐え難い価格になった、言うなれば初期症状の段階だ。
 さて試算の結果であるが、電力需要の日較差と年較差を比較対象にした。本来なら発電量と比べた方が良いのだが、それに要する作業量が障害になってまだ実現していない。そこで申し訳ないが、需要を比較対象にして結果を述べよう。
 潜在蓄電量は日較差の約五〇倍にもなるが、年較差に対しては〇・三倍程度で、届かなかった。ダム面積は九州全体の〇・〇八%。また理由は良く分からないが、蓄電容量が大きいのは下ダムに既存ダムや海を使ったものだった。
 年較差まで全面的に揚水発電で対処するのはやはり難しい。余分に発電設備を備えて稼働率を下げるなど、他の方法も併用しなければならない。そして自然エネルギー時代になっても、日本はエネルギー資源を海外に依存し続けなければならない(図3)。具体的には南半球の電力を冬に分けて貰う必要があるだろう。そのとき揚水発電は言わば「備蓄電力」としての役割も兼ねる。
 エネルギー資源を海外に依存することを、安全保障上の脅威と見なすこともできようが、ここでも筆者は逆の視点を供したい。
 詳しくは筆者のホームページ(執筆者経歴欄)に記しているが、世界の国々が相互に依存し合うことで平和を実現する。そのためには我が国も他の国々に依存して貰うだけでなく、逆に依存もする、そういう関係が必要である。
 自国の安全を求めて海外依存を避けることが、世界全体の安定を損ない、巡り巡って自国の安全をも脅かす。日本も肝に銘じて行動したい。それは勇気を持って世界の国々を信頼することを意味する。



【図3】エネルギー資源の海外依存イメージ 筆者想定の未来像を現在と比較した。

時間的猶予

 遠い未来のこととして考えてきたが、実はそうでもない。単純に太陽光発電で全エネルギーを賄うとして費用を見積もってみた。先月号で考えたように、石油の時代はもはや長くない。仮に四〇年として、その間に世界が太陽光にシフトすることを考える。その五%を日本が分担するとしたら、毎年の国家予算の半分(自国使用分のみ負担なら一割程)を要する。 
 けれどもこれで充分なのか、というとそうでもない。図のコストには現在各地の原発で進められている新たな安全対策費用は含まない。新基準前の試算なのだから当然と言えば当然だが、そもそも新基準で安全性が充分なのか疑問も多いことを考えれば、客観的に誰もが納得する安全策というものが想定しにくい。
 国家予算を圧迫しない程度に収めるには百分の一程に下げたいが、幻の安い原子力を使ってさえも三分の一程にしか下がらない。結局のところ費用の問題には、民間主体で取り組むことで対処するほかない。
 けれども核燃料サイクルはまだ技術開発途上にある。高速増殖炉「もんじゅ」が目指している技術だが、もんじゅは度重なるトラブルで今も停止中だ。これまた詳しくはホームページに記したが、そもそも実現可能な技術なのか雲行きが怪しい。現に存在しない技術の費用を試算しても信憑性がないわけだ。
 むしろここで受け止めるべきは「四〇年は短い」と言う事である。エネルギー供給システムを全面切替するなら、何を目指しても既存エネルギーの枯渇に間に合うかどうか、既にぎりぎりの線にあるのだ。
 結局原子力の本当のところの発電単価はよく分からない。不定性を産む要因は全般的に単価を押し上げる性格のものだが、その内のひとつだけ図に書き入れたにすぎない。
 早く取りかからねばならないと思う。


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