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連載 第21回 執筆者座談会【後編】

執筆者

龍 信廣 Ryu Nobuhiro タウン情報さが・ピープル編集長



 前号に続き、10月4日の座談会での発表内容を紹介します。この連載に当たっては毎月メンバーが集まり約3時間弱のミーティングを行っています。

 【龍】各人の原発に向き合う思いを述べてください。

【近藤】僕が言いたいことは、原子力を社会でどうするのかをきちんと考えて、国民に対して責任を持っている組織体が無いということ。それが今も続いているということです。原子力規制委員会ができて、「安全性のチェックを公開して」行う、という体制は作ったが、その内容が十分でない。原発の推進側と言うか「どう進めるか」の専門家の姿が見えない。総理大臣が総責任者であるといっても、中身まで突っ込んだ話ができる訳ではない。推進の専門家たちが、国民に向かって表に出てきていないのです。推進の専門家が「総理大臣が責任者だ」として、自分たちは無責任を決め込んでいるのではないか。原発を推進するにしても止めるにしても「どう進めるか」について専門家の、社会に開かれた責任ある組織体が必要だと思う。科学者の社会的責任と言われてきたことがあるが、「科学技術者の社会的責任」を表現されると思う。責任というのは、国民に対して責任を持つことなのです。一般国民もそれぞれの働く場で専門家です。例えば、料理を作る人も安全な食べ物を提供するのは当たり前であるし、訳の分からないものを提供するのは許されない。そんな当たり前のことが、国全体で行われず、原子力のエネルギーの世界だと行われていない。

【龍】植原先生は、今回、出席できないと言うことでした。しかし、レポートを頂いていますので代読(近藤)してもらいます。タイトルは、近未来のエネルギー(電力)生産と分配の姿。

【植原】フクイチの事故は、原発の安全神話を破壊し、原発事故のリスクがゼロではあり得ないことを世界に知らせた。私は、安全性の問題を措いても、次の理由で、原発は人類の未来を考えれば倫理的に許されず、早急に脱原発の決断をすべきだと考える。その理由は、原発は、使用済み核燃料など高放射性廃棄物など未来の多くの世代に負の遺産を残すこと、過疎地の存在を前提にしており、多くの原発作業員の被曝など原発植民地主義とも言うべき負の性格を持つこと、核兵器との縁が切れないことである。他方で、化石燃料の消費による地球温暖化ガス濃度も危険水域に近づきつつある。 私は、日本に限らず、近未来のエネルギー(電力・熱)の生産システムは、社会の持続可能性を大原則として、低炭素・省エネ・防エネ損失の工夫とともに、これまでの巨大装置による集中型エネルギー生産から地域分散型の再生可能な自然エネルギーを根幹に置いた新たなシステムに転換べきだと考える。その心は、太陽が地球全体にもたらす巨大なエネルギーをもっと活用し、持続可能な社会を支えるエネルギーの生産・分配システムを、独占体のではなく、地域分散型のシステムとして構築することにある。(独占が原子力複合体・ムラを作った。)日本に限らず、発展途上国も含めて、(自然)エネルギー生産(開発)が大資本(国)による地域からの富の収奪になるようであってはならないし、原発に縛りつけられた立地自治体のようにではなく、その地域の住民がエネルギー生産の主体になるようでなければならないからである。発電と送電を分離し、公正な送電(熱)網の構築と蓄電技術の発展の下では、個々には不安定な自然エネルギー生産も集積して平均化され、安定したエネル ギー生産・分配システムが可能になると考える。勿論、これからの技術開発+経済政策に待つところ大であろう。そのためにどうするか・・・。

【末崎】3.11以降、あまりにも豊かな大量消費社会のあり方への反省や見直しが言われたが、アベノミクス効果に惑わされてか、人々の関心は経済優先志向に向っているようにみえるのが気になる。大所高所からの告発や原発批判ばかりでなく、具体的にできる市民としての生活のあり方の例を繰り返しになるが再び言いたい。  
 私ごとだが、3.11以前から我が家の3台のクーラーは来客時以外は使っていない。大都会でない佐賀では緑のカーテンと扇風機で十分すごせる。健康体の間は夏は夏らしく汗をかいて冷房に逃げずに暑さに向かっていけばよい。車も同乗者がいない限り窓を開けてオープンエアで走る。せめて30アンペアの電力容量にしよう、人並みにオール電化にしようと言っていた家内も最近は黙った。最新の新しい家電機器には無縁である。原発反対のデモに行って汗をかいたのでクーラーで涼んだのでは、反対にならない。そんなに事態は甘くないと私は考えている。  現実の社会では以上のようなリタイアした老人の生活を勧めることはできない社会活動経済事情があるのは分かっているが、私なりの精一杯の生き方の実行例を紹介した。

【樫澤】日本で、「原子力ムラ」の支配を脱し、「健全な」原子力政策が展開されるためには、対抗的な原子力の専門家が必要ということになる。もちろん、今も、原子力に批判的な原子力の専門家はいる。しかし、彼らは、若い頃、その道に進もうとした時から、原子力に批判的であったろうか。私にはそう思えない。彼らは、原子力に明るい未来を見て、それに貢献しようとしたが、深く知るにつれて、その不気味さに改心した人がほとんどであろうと推測する。私には、自分の目指す仕事が抑制的でネガティブな仕事だと分かっていて、それに邁進する若者がそうそういるとは思えない。     
 私には、「原子力ムラ」に対抗できる専門家をこれから養成できるとは、なかなか思えないのである。しかし、そういう専門家が必要であることも確かである。答は見つからない。

【鈴木】昨年、町内会の会合や、学区の小学生に、放射線の話をする機会がありました。準備の過程で、文科省の放射線副読本(2011年10月発行)が小中高校はもとより、地域自治会にも配布されていることを知りました。その副読本は、福島原発の事故には前書きでわずかに言及するのみで、一般論に終始。それだけを見れば客観性ありげな見出しが並びますが、全体の文脈では明らかに「色」が付いてきます。節ごとに列挙すると、
1.放射線は植物など身の回りのどこにでもあり、身近な分野で利用されている。 
2.放射線は宇宙・地球の誕生から存在し、今も地球に降り注いでいる。放射性物質は大地、食べ物にも含まれる。人類は放射線が存在する中で生まれ、進化してきた。
3〜6.に放射能(線)に関する基礎知識、内部被曝・外部被ばくの説明が続き、
7.癌の発生原因は様々である。100mSv以下の線量で癌死が増える明確な証拠はない。 自然放射能、X線検査等は健康への心配はないが、少ない方がよい。 
8.放射線は医療、産業、研究などの役に立っている。……という具合です。何とかして放射線被ばくの影響を少ないことにしたい意図の見える、断片的情報、質的に異なる議論を「ごった煮」にした粗雑な展開です。教育現場用としては問題で、多方面から批判が出ています。
中でも福島大学放射線副読本研究会(代表:後藤忍教授)は、生徒自身の判断力を育てる観点から、あるべき副読本の具体例を文科省副読本に対抗して作成、公表しました(注)。力作で、私は町内会等で話をする際、論点整理の手本にさせてもらい、また引率の先生方にコピーをお渡ししました。新安全神話教育に対抗する強力な素材だと思います。

【村上】放射線・放射能の人体への影響や原発事故について昨年いろいろと資料を調べている時、少し驚く事に遭遇しました。
 それは、チェルノブイリ原発事故による被ばく者の支援活動や反原発活動を行っているNPO法人「チェルノブイリへのかけはし」のWEBサイトに掲載されていた報告です。EM菌(有用微生物群)は放射能を弱める効果を持つ事がチェルノブイリ支援活動において実証されたというのです。
 EM菌を開発した比嘉照夫琉球大学名誉教授は、EM菌は有害なエネルギー(電磁波や放射能など)を有用なエネルギーに転換し無害化するため、放射線量が減少し、内部被ばくにも効果があると主張しています。
 これらの報告や主張は現代科学の知見とは全く矛盾していますが、このような非科学的なことが反原発活動を行っている一部の団体の中で何の疑いもなく受け入れられていることに私は驚きました。
放射能は、原子核の世界の中での「原子核が壊れるという現象(原子核反応)から生じるものであり、原子核の中でのみ発生・消滅するという事は、現代の科学においては疑う余地がありません。原子や分子の世界の出来事(化学反応)では原子核が全く変化しないので、化学反応が放射能に影響を及ぼすことはありません。したがってEM菌が化学反応によって放射能に影響を与えることはあり得ません。

【益川】名古屋の私の研究室で月に一回ずつ集まって、近藤君が首謀者となってもう2年くらい(20回位)議論しています。そこで私自身はかなり浮いた発言をしています。多少、顰蹙をかうのですが、ここでもさせてもらいます。
基本的には、植原先生が書いておられるのが正しいと思います。正しいと思うけれども、20年、30年というスパンで考えたときは正しい。しかし、500年1000年というスパンで考えたときに、準備しておかなければいけないものがあるのではないか、国家的な気持ちでそういうものに対処しなければいけないのではないか、が 私の意見なのです。
 それは何かといいますと、一つはエネルギー問題です。化石燃料は大体300年か400年でなくなると言われています。何かオイルシェールが見つかったといいますが、そう変わらない。その時に、自然エネルギー、再生可能エネルギーがあるのではないか、という議論が今ここであります。しかし、これは大問題で、国家的な視点で見たときに課題になるのです。何かといいますと、再生可能エネルギーは、魅力的なエネルギーです。風力発電(日本人が必要なエネルギー)を海岸線に全部並べたら可能です。しかし、風ですね。2〜3日風が吹かなかったらエネルギーはなくなっちゃう。この時、思い出すのは、ニューヨークで2日停電があった時に、社会問題が起こりました。
 風力発電をクリーンなエネルギーとして考えましょう。それは賛成です。その時に必ず補完して考えておかなければならないものがあるのではないか。それに対する準備はありますか?ということです(バッテリーはダメです。非常にロスが多い)。それは何かといえば、例えば、電気というのが貯められないというのであれば、それを効率よく100%貯めるような技術を開発する必要があります。それも日本国のエネルギーを全部貯めれる位です。その時に、その課題は何かということを明らかにさせて、それをやってみようという人を管理する必要があります。それから、次にエネルギーを作る方、風力発電は魅力的だと言ったけど、やはり自然のものなので、本当に使いやすいかといったらそうじゃなくって、もう少しコンパクトで、工業的に管理可能なものがあればそれにこしたことがない。そんなものを準備する作業は、やっぱり100年200年の単位で研究することを、国家的な資金を使ってやる必要があるのではないかと思います。
それは何かと言ったら、一番いいのは、LC回路を使ってそこにエネルギーを貯めて、必要になった時にスイッチを入れると出せるというのは、比較的に効率がいいでのはないかと思っているのですけれども。
 日本は、マイクロチップを作る技術がありますから、実現できないものかと理想的に考えています。そういうようなものを本当に工業的に価値があるかどうかを検討する、明らかな、私的なグループでなくて、公的なグループがあった方がいいのではないかと思っています。今、あげたのは私の思い付きなんであって、もっと色んなイクザンプルがあるんじゃないかと思います。
 それからもう一つは、研究体制なんだけども、原発自体、問題があるからといって、完全に止めてしまえという意見が社会にあります。それは非常にすっきりしているのですね。ごちゃごちゃ言う必要はない。いいことです。だけど、いろんなこと考えると、本当にそれでいいのか、と。例えば、他に頼るものはないのか?
 核融合みたいなものがあります。核融合も優等生ではありません。あの、C60かな?あれが問題になっている。炉の壁ですね。完全にプラズマが閉じ込められなくて、壁にちょっと触ったりすると、あまりにも高温すぎますから、壁が剥がれてくるんですね。(剥がれてくる、どういう言葉で言ったらいいのか...)。将来に核融合はコンパクトで使いやすいのでとの意見がありますが、これもかなり問題です。
 言いたいことは、電力問題は大変問題である。いろんなアイディアがあるけれど、みなさんアイディアを出してくださいの呼びかけがいるのだと思います。研究する人に対しては、国家として資金を出す。一言でいえば、自然エネルギーは大変魅力がある。もう一度言えば、風力に98%頼れますと言った時に、あと2%が何かといったら、風力発電と同じ容量を持った代替エネルギーがいるのですね。これが物凄く問題です。これに対して、人類として対処する体制を取るべきではなかろうかと思います。

【龍】私の意見も述べてみます。ビジネスを行っている人は、大半が顧客志向です。顧客の視点に立って物事を考えています。ここでの企業財は何かといえば、財をいざなってくれるエンドユーザーです。だから、顧客の立場から、われわれ変わらなければならないと認識しています。顧客を中心に考え、「お客様から始まり、お客様に戻る」という循環を身につけています。提供者論理ではやっていけないのです。しかし、原子力発電に関しては、提供者論理を感じます。マーケットは、企業であり市民なのに、視点がそこに向いていないのを感じます。原発側の考えでなく、市民が考えた仮説に市民が答えるという循環のシナリオが必要なのはないかと思います。
 原子力発電の顧客はだれでしょう?市民の声や要望を聞き出し、その声の課題に取り組む必要があると思います。そこから信頼が生まれると思います。新しい価値観は、市民の中にあります。いまや物理的な豊かさを求める時代ではなくなりました。物の豊かさを求める工業化社会は終わり、こころの豊かさを求める時代になっていると思います。
 国家として、あるいは経済を動かす者として原子力は必要かも知れません。しかし、原子力をただ推し進めるのではなく、既にあるものを活かす考えを、世界に発する時なのではないでしょうか?すでにあるものとは、太陽であり、水であり、風であり、地熱です。それが見えなく、原発推進が見えます。

 座談会を終えて、編集者として「いくら学んでも原発は中止しなければならない」と思いました。最終処分が出来ない、最終処分場もない、増え続ける核廃棄物。もう出していかんと思いました。

【龍】原子力、あなたはどう向き合いますか?を20回継続しました。これまでの内容をご覧になっていかがでしたでしょうか?20、21回と執筆者座談会を終えて、次回より、これまでのメンバーだけでなくいろんな人にこの場を提供し、いろんな考えを掲載したいと考えています。勿論、今のメンバーも投稿致しますので原発に関する考えを一緒に学びたいと思います。

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