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連載 第9回 汚染水は何処へ行く?

執筆者

鈴木 史郎 Suzuki Shiro 経歴/東京大学理学部卒。名大、四日市大学の... ≫詳細

水は巡る

 1年ほど前に、「知られざる放射能汚染〜海からの緊急報告」と題する番組がNHKで放映されました。福島第一原発事故による福島沖の海洋汚染は相当なもので、ナメタガレイからは暫定基準値(キログラム当り100ベクレル(注1))を3倍以上超えるセシウムが検出されていること、また、遠隔地の湖、九十九里浜沖や東京湾の河口付近など、思わぬところで高レベル放射線が観測されたことが報告され、水汚染の複雑さについて警鐘を鳴らすものでした。
 ネットを検索すると、日本沿海予測可能性実験(JCOPE(注2))による放射能汚染の太平洋拡散状況のシミュレーション動画が載っていました(図1)。2011年12月に関して見ると、放射性物質は福島、茨城、千葉沿岸に沿って拡がり、銚子沖で黒潮とぶつかり複雑な動きで北東へ、さらに渦状の動きにより東・南海沖への接近が予想されます。
 海洋汚染のメカニズムとしては、主に@空中に放出された放射性物質が雨等により海洋に降下する、A陸地に降下したものが河川、地下水流により湖、河口、海洋に到達する、そしてB炉心冷却の為に注入した水が漏洩し汚染水として流れ込む、が考えられます。「水の惑星」である地球では、放出された放射性物質は水の循環によって国境をも越えてゆきます。
 中でもBは、事故収束作業によるもので今後も継続し、対処の如何によっては繰り返し汚染源となるものです。原発事故起因の水汚染をめぐり、3・11以降何がありどんな処置がとられてきたか、メディアやネットで報じられたことを振り返ってみたいと思います。

図1

▲2011年12月時点の太平洋の放射性物質拡散状況シミュレーション図中の色は海洋中の放射性物質濃度を示し、紫、紺、青、淡青…の順に高濃度になる。提供:海洋研究開発機構・短期機構変動応用予測プログラム

「とにかく冷やせ」でもそのあとは?

 3・11直後は炉心を崩壊熱による損傷、暴走から守るべく、「冷やす」ことが至上命令でした。連日これがメディアのホットニュースでした。しかし1日あたり500トンに及ぶ大量の海水を注ぎこんだあと、水は何処へ行くのでしょうか。蒸発を考慮しても思ったほど格納容器内の水位が上がっていない、と報道されていました。どこかに漏れがあり、放射能の外部への流出が考えられます。一体どうなっているのか、素朴な疑問でした。


汚染溜まり水

 そんな折、3号機タービン建屋に高濃度に汚染された溜まり水があり、200ミリシーベルトにも達する作業員の被曝が判明しました(3月24日)。これは炉心と格納容器の損傷を示唆するものです。建屋内での高濃度汚染水の存在は、作業員を生命の危険にさらします。実際には建屋のみならず、地下の作業用トンネル(トレンチ)に大量の高濃度汚染水(セシウムで1cc当たり2×106ベクレル(注3))が溜まっていることが確認されました。
炉心は海水を注入して冷やすしかない。しかし汚染水が増えるのは困る。
 実は、上原春男さん(元佐賀大学長)が、3・11直後に、多くの汚染水を外に出さずに内部の水を循環させ、熱交換器を介して外部の海水で冷却するシステムを、設計図と共に担当大臣に提言していました。しかし、高放射線環境下での取付作業など、技術的な難しさがあったのでしょうか、提言はそのままになっていたようです。
 とられた当座の処置は、復水器にあった低濃度水を他の貯蔵タンクへ移し、そこにトレンチ内の高濃度汚染水を移動させる。それを順次放射性物質の吸着などにより低濃度水にして別のタンクで保管する、という「玉突き処理」でした。しかし、冷却に必要な量の海水の注入を続ければ、処理水がタンクからあふれることは時間の問題でした。


人為的放出とアクシデント

 4月になって、処理後の「低濃度」汚染水がついに満杯となったため、4月4日〜4月10日にかけて「緊急措置」として人為的に海へ放出されました。放射性物質量は三核種合計(注4)1.5×1011ベクレルで、低濃度と言っても相当な量です。これに対し漁業組合から、また近隣諸国(韓国、中国、ロシアなど)から抗議の声が上がりました。外務省は国際法上の義務を順守して行われた措置で問題ないという見解ですが、国内外に課題を残した事柄です。
 同じころ、もっと深刻な、2号機の高濃度汚染水の海への直接大量流出が判明しました。着色水を流して漏れの経路を特定するなどに数日を要し、トレンチに新聞紙やおがくず、ポリマー、コンクリートを流し込むなどの緊急措置で6日後に何とか漏れは止まったものの、4月1日〜4月6日の間に520トンの高濃度汚染水(三核種合計4.7×1015ベクレル)が海洋に出たと報告されました(東京電力)。さらに5月に入り、今度は3号機タービン建屋から港湾内へ、三核種合計2×1013ベクレルに上る高濃度汚染水の漏洩がありました。


冷却水循環

 この様な汚染水の増加や漏洩を起こさず、安定して冷却を行うには、上原さん提案のような、何らかの形での水循環が必要なことは明白でした。
 2011年6月にかけて、現在動いている方式(図2)の原型が構築されました。容器を冷やすと同時に建屋、トレンチ内にあふれる高濃度汚染水を減らすため、それらを集中廃棄物処理建屋に送り、主にセシウムを除去する除染装置を通し、さらに淡水化装置を通して冷却水として炉心に再注入する(1日あたり500トン)。使いきれなかった処理水(1日あたり400トン)はタンク群に貯蔵する、というものです。除染装置はセシウムを吸着処理しますが、ストロンチウムはそのまま残ります。この除染装置をめぐっては、初めに試みたフランスのアルバ社製がうまく働かず、米国製(キュリオン)に替え、最終的には東芝製(サリー)の併用で定常運転に漕ぎ着けた経緯がありました。4〜6月の冷却水に関するメディアの報道からはこの装置が定常運転状態になるまでの悪戦苦闘ぶりがうかがえます。

図2

▲図2:冷却水循環・処理水貯蔵の概略


根本問題は未解決

 福島第一原発の海岸沿いには立派な松林がありますが、地下水脈が陸から海に向かっているからだと言われています。実際、タービン建屋、トレンチに溜まった汚染水には1日当たり200〜500トンの地下水が流れこんでいます。そのため汚染水自体の量は減らず、除染・淡水化処理後、冷却用に使いきれずに別タンクで保管される大量の濃縮廃液(低レベル)が日々発生し、今や15万トンに迫っています。1千基もの貯蔵タンクが発電所敷地内に設置され(図3)、計22万トンの容量がありますが十分ではなく、近々70万トンに増やされる予定と聞きます。
 何より、炉心の現状と同様、環境への漏れ、地下水の流入経路の全貌を未だ把握しきれていないのが問題です。地震による建築基礎部分の損傷により、建物構造物の密封性は保証されていないでしょう。地下水の流入があるのなら、水位の変化に依っては逆に地下水への放射能漏れがあっても不思議ではありません


冷却水以外による海洋汚染

 更に河川・海洋汚染の経路として重要なものに、水素爆発の際に空中に放出された放射性物質が直接海上に、あるいは陸地に降下して水系を汚染し、最終的に海洋へ到達する@Aのケースがあります。例えば、阿武隈川から海に流れ出る放射性セシウムの量が1日あたり約5×1010ベクレルにのぼることが京大、筑波大、気象研究所などの合同調査で明らかにされました。これは4月に海に緊急放出した低濃度汚染水の総量に匹敵します。地中を通る場合は土壌に吸着されるケースもありますが、それはそれで土壌汚染問題を起こします。また、遥かカムチャツカ半島沖、小笠原列島沖の深海5千メートルで、プランクトンの死骸などからなる微粒子から、微量ながら原発事故由来と考えられる放射性物質が検出されています。海洋中の放射性物質は、海流のほか、生物の回遊など、様々なルートで移動、拡散してゆきます。

図3

▲図3:敷地狭しと並んだ廃液貯蔵タンク群読売新聞社 より


海洋への放射能総流出量は?

 いったいこれまでにどれ位の放射能流出があったのでしょうか。幾つかの機関が3月20日以降に海洋に放出された放射能量の推定を行っています(表)。



▲(表)放射性物質の海洋への総放出量の推定。東京電力プレスリリース資料(2012年5月24日)より

 東電、原子力研究開発機構は、発電所の放水口付近の海中放射性物質濃度のサンプリングなどを基に、放出量を推定し、それに大気からの降下量の推定を加算したもの、IRSN(仏:放射線防護安全研究所)は何点かの近海の観測値に、対象とする海域の地形、海流をモデル化して総量を推定したもので、夫々算出方法が異なります。相互にかなりの差があり、おおよその目安と理解すべきでしょう(注5)。推定の精度を上げるには、原発周囲のみならず、もっと多くの点での測定と、地下水流の海底からのわき出し、海流などの正確な情報が必要となります。


とどのつまり…

 冷却水は何処へ行くのか? ―――現状では、循環して冷却に再利用しきれなかった低濃度汚染水(ストロンチウムをふくむ)が、毎日400トンのペースで発生し、敷地内にずらりと並んだタンク群にたまり続けています。これが満杯になり再び環境へ放出することの無いよう、最終処理を含め長期的な方策が必要です。現場ではまだまだ苦闘が続きます。
 ひとたび放射性物質が放出されれば、水の流れにのって環境を巡り、やがて海に到達し海洋汚染を起こします。海洋生物への蓄積、食物連鎖を通して私たちの食材である海草魚介類の汚染が切実な問題となりますが、この議論は別の機会に譲りたいと思います。

脚注
1. ベクレル: 放射性物質が放射線を出す強さの単位。1ベクレルは1秒間に1回放射線を出す能力。
2. JCOPE (Japan Coastal Ocean Predictability Experiment) http://www.jamstec.go.jp/frcgc/jcope/
3. 106 = 1,000,000等。 10の肩にある数だけ0が並ぶ。
4. ヨウ素131、セシウム134、セシウム137の合計
5. セシウム137に関しては、チェルノブイリ事故での総放出量は85×1015ベクレルと報告されている。福島事故ではその5%〜25%相当量が海洋へ放出されたことになる。

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