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連載 第6回 チェルノブイリ・ハート

執筆者

福井 市男 Ichio Fukui 経歴/京都大学大学院卒、佐賀大学... ≫詳細


 2002年に作られた「チェルノブイリ・ハート」をこの夏観ました。タイトルの語感から、この映画は原発事故の優しい(?)記録映画だろうと予想していました。

 とんでもない! ベラルーシで生まれた子供のうち、「健康」な赤ちゃんはたった15〜20%だけです。親にも育てられなくて捨てられた様々な畸形や障害をもつ赤ちゃんや子供たちが映像に出てきます。心臓に穴の開いた子どもたちは世界中どこにでもいますが、心臓に複数の穴が開く先天性障害の子どもがチェルノブイリ事故直後から増加しています。現地の人が「チェルノブイリ・ハート」と呼ぶのは、この複数の穴が開く疾患のことです。実は映画の中では、心臓疾患以外にも肺、肝臓、腎臓、脳などありとあらゆる臓器、部位の形態不全や癌などが克明に記録されています。2003年にアカデミー短編ドキュメンタリー部門でオスカー賞を受賞しています(注1)。 チェルノブイリ原発事故

 1986年4月26日、旧ソ連のウクライナ共和国北部のチェルノブイリ原発が爆発しました。 放射性セシウムだけを計算してもヒロシマ型原爆約800個(注2)に相当する量の放射能を放出したとされています。爆発した4号炉は1984年4月に営業運転を始め、2年間核燃料を燃やし続けて燃料棒の中は死の灰でいっぱいになっていました。
チェルノブイリからの放射性降下物は北半球の広い範囲に到達しました。高濃度汚染地区はベラルーシの全域、ウクライナの北部とロシアの南西部でした。最も汚染された区域は26万ku以上で、標準的な放射能レベルに戻るまでに数千年かかると予測されています(文献2)。 汚染の範囲はヨーロッパ全土に広がっています。たとえば、事故発生から20年以上経過した今も、チェルノブイリから約2400q離れたイギリスの田園地帯を汚染しています。イギリス厚生省は、20万匹以上の羊が汚染された土地の草を食べていることを認めています。1986年4月に起こった悲劇の結果、ウエールズでは355の、スコットランドでは11の、イングランドでは9の農場に、いまだに非常事態宣言が適用されています(文献2)。

図1:小出裕章著『図解 原発のウソ』(扶桑社)

チェルノブイリの犠牲者
 ベラルーシ、ウクライナ、ロシア西部では、現在も900万の人々が非常に高レベルの放射能が測定されるエリアに住み続け、汚染された食物と水で生活しているのです。
 チェルノブイリの大惨事の後、汚染地域では、甲状腺の腫瘍の発生率が100倍に、放射能に起因するその他の腫瘍(白血病、骨腫瘍、脳腫瘍など)の発生率が50倍に、遺伝子の突然変異に起因する先天性形成不全、感覚・心臓・血管・骨格・筋肉系の異常、神経疾患や精神障害の発生率は30倍に、早産の発生率は20倍に増加しました(文献2)。
 ベラルーシの保健相が2000年4月に議会で行った証言によると、汚染地域に住む子供たちの85%が治療の必要な病気にかかっています。チェルノブイリ事故以前にはこの地域で病院に通った子供は15%でした。慢性症状が多いのは、呼吸器や泌尿器および心臓の病気であると小児科医師たちが報告しています(文献1)。
 大事故が発生した1986年から26年経過した今も、半減期30年のセシウム137は半分以上残存しています。放射能汚染との闘いはまだ始まったばかりです。このときに国連機関WHOは放射能による健康被害との闘いにどのようにかかわってきたでしょうか? IAEAとWHO
 IAEA(国際原子力機関)(注3) とWHO(世界保健機関)はどちらも国連機関です。 IAEAはエネルギー資源としての原子力エネルギーの利用と開発を促進する機関であり、WHOは世界の人びとの心身の健康、健全な社会を保護するための機関です。世界中の原発が稼働する以前から、国連専門機関であるWHOは放射線被曝の危険性を警告していました。1956年のWHOの報告書には、こう書かれています。「遺伝は、人間という存在にとってもっとも貴重な資産である。私たちの子孫の命も、未来の諸世代の健康で調和のとれた発育も、それによって決定される。専門家としての私たちは、未来の諸世代の健康が、原子力産業の成長と放射線源の増大によって脅かされていると、断言する、、、私たちはまた、人類の新たな突然変異は子孫にとって致命的なものになると想定する」。

 WHOは、現代のもっとも深刻な放射能被害の先頭に立って闘うことを 期待されるはずでしたが、そうはなりませんでした。

図2
偽りの協定
 1959年、IAEAはWHOを説得し、ある協定(注4)に署名させました。この協定には、「原発関連の情報の機密性を保つために抑制的手段をとる場合があることを認識する」などと謳っています。WHOは放射能が人間の健康に及ぼす影響についてIAEAへの事前連絡なしに公表できなくなり、その結果沈黙せざるを得なくなったのです。

 これら二つの国際機関IAEAとWHOは、「科学的な証拠がない」との理由で、チェルノブイリ被曝の評価で、甲状腺腫瘍以外の癌や白血病、各種臓器の形態不全を評価対象から除外しています。IAEAは2000年と2005年に国連に報告書を提出しました。事故による被害者の人数は「放射線の過剰によって死んだ者が54人、重い被曝によって治療を受けた者が2000人、甲状腺の癌の症例が4000件」と述べ、長期的な放射線被曝の影響についての結論は「チェルノブイリ事故から10年が経過したが、最も被害を受けた地域で放射線に曝された子どもたちの間に甲状腺癌が劇的に増加したほかは、被害甚大な三国でも事故の結果被曝による甚大な影響はなかった。事故に起因すると考えられるどのような種類の癌においても、死亡率の際立った増加はまったく見られない」と言い切っています。信じられない結論です。

最後に「終わりのない惨劇」の著者のひとりM.フェルネクス(注4)の一文を紹介します。「国際原子力機関(IAEA)は商用原子力推進の担い手として、五大核保有国の支持を受けながら、無関心が急速に人々の心を支配するようにと、キャンペーンを組織した。またIAEAは、事故による健康被害に関する情報潰しを、あるいは被害の実態を覆い隠すさまざまな方策を、22年にわたって継続してきました。

 〜中略〜 何百万人もの犠牲者、何十万人もの障害者、何百万人もの病気の子供たち、そして原子炉の火災と闘い、激しく汚染された地域の土壌除染に取り組み、死んでいった後始末人。IAEAはこうしたすべての人たちのことを忘れ去らせようと、画策を続けている」。

 IAEAが被曝の影響を冷酷なまでに過少に評価した結果、ベラルーシ、ウクライナ、ロシア各国の医療予算が削られたり、打ち切られたりしました。これら三国は、原発事故後ソ連が崩壊した後にできた国であり、現在危機的な経済状況にあります。子どもたちは、薬もない、十分な手当もされないというという状況にあります。映画「チェルノブイリ・ハート」は、このような惨状を、ボランティアの米人医師による心臓開胸手術を紹介しながら描写しています。

図3:『終りのない惨劇』ミシェル・フェルネクス、ソランジュ・フェルネクス、ロザリー・バーテル著、竹内雅文訳、緑風出版、2012/3
フクシマ
福島第一原発から放出された放射性物質は、広島原爆の約170個分(注5)です。各地で高い放射線量が観測されているときも、政府、東京電力は「ただちに健康に被害を与える量ではないので、安全です」と繰り返していました。
でも5年後は大丈夫か?10年後・20年後にチェルノブイリ・ハートが発症しないと言えるのでしょうか?
フクシマの事故による放射能汚染との闘いが、これからも気が遠くなるほど長年月続くのです。

図4:




脚注
1. 映画の解説書、『チェルノブイリ・ハート』(マリアン・デレオ著、合同出版2011年9月) が発刊されています。
2. 小出裕章氏の評価。IAEAの評価は広島原爆400個分。
3. 厳密に言うと、IAEAは国連の専門機関ではないが、国連の通常総会や安全保障理事会へ年次報告等を提出するなど、国連とは密接な関係を有している自治機関です。IAEAの目的は、加盟国の原子力の平和利用の促進と、原子力の軍事転用の防止です。
4. 1959年第12回世界保健会議で、WHO-IAEA間の合意文書が採択される。
5. 1929年4月2日スイス・ジュネーブ生まれの医学者。バーゼル大学名誉教授。彼は、住民の健康被害を食い止めようするベラルーシやウクライナの医学者たちの努力が、原子力推進ロビーと官僚たちとの連携プレーによって、次々と潰されていく事例を間近に目撃しました。その過程を詳しく『終りのない惨劇』(文献1)に書き、告発しています。
6. 小出裕章氏の評価。

参考文献
1. 『終りのない惨劇』 ミシェル・フェルネクス、ソランジュ・フェルネクス、ロザリー・バーテル著、竹内雅文訳、緑風出版、2012/3
2. 『原発事故20年--チェルノブイリの現在』 ピエルパオロ・ミッティカ著、児島 修訳、柏書房、2011/11
3. 『暴走する原発』 広河隆一著、小学館、2011/9   
4. 『原発のウソ』 小出裕章著、扶桑社、2012/3
5. 『こうして原発事故は広がった〜先行のチェルノブイリ〜』 ピアズ・ポール・リード著、煖エ 健次訳、文藝春秋、2011/6

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